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造型についてーある友への手紙―

 

 A―君へ一九五〇・五

 美術のシーズンでいくつかの展覧會を見てまはったが、色々におちぬところがあるので、君に手紙を書いて一緒に考へてもらひたいと思ふわけだが、しかし、かういふ方面について僕は全くの門外漢でないにせよーといふのはかういふことについて全くの門外漢などありえないといふことだがー専門家ではないので、陳腐なことや見當はづれなことも出てくるかも知れない。あらかじめそのつもりでおつき合い願ひたい。

 展覧會の多いことは百花繚亂いさゝか驚異的だ。毎日へめぐり歩いても到底全部見るといふわけにはゆくまい。僕たちは暇なときに見たいものを見たり、通りすがりに入ったりすればそれでいゝが、君たち批評家はどうやってこれだけのものを見てまはるのか?他人の疝気を頭痛に病むわけではないが、數學的に不可能と思われることをやってのける人たちを不思議だと思ふ。のみならず、個展は別として上野の展覧會場の壁をうめつくした作品の何と多いことか。いくつかの團體が同時に開けばかなりの出品點數になるし、一つの催しで千點餘といふのもめずらしくない。千點餘がところせましとひしめき合ってゐてはこれを見るのに不自然に疲れる。ある人は全部見のに二時間半かゝつたといふ。僕などはその時間では三分の一も見ないうちに生理的限界に達してしまひ、あとは、せっかく入場したのに、などと思ふさもしい根性を説き伏せて、素通りせざるをえない。疲れていゝ加減に見るなどとは失敬なことだと一應持つともな辯解もつくが、何よりも僕は苦しみに畫を見に來たのでなく、たのしみに來たのだから。

 展覧會のために描かれた畫の是非についてはかなり言はれてゐるやうだが、それと關連して、それより以前に問題がある。これはしかし、畫家の責任といふよりは、かうした會場を構成する主催者の責任といへる。が、さうばかりともいへないのだ。畫家がこれを自分の問題として責任を感じるやうにならなければ、いつまでたっても責任を一工程だけ前方におしやって他人のふんどしで角力をとることになる。さうした態度は一方において社會から浮き上った特権意識を生み、その裏に、社會活動を作品以外のところに見出さうとあせるセンチメンタルな、あるひはヒステリックな、劣等意識を生みかねない。職業分離の現在、僕は會場構成をかならずしも畫家の手でやるべきだなどといふのではない。造型自體の問題として解決すべきなのだ。藝術とは他人へのサーヴィスだといふ心意気がなければ作られたものは所詮人生における實験室を出まいと思はれるが、どうだらうか?僕はすぐさま人の心に入りこむやうな安易な畫や彫刻がいゝなどといふのでもないし、また、最近無責任な匿名批評などで流行してゐる「青臭い」と片づける風潮にくみするものでもない。逆である。

 昨年フランスの畫の複製が展覧されたとき、戦中戦後數年間世界と絶縁されてゐた日本の畫がこれらの畫に比較して遜色ないといふ意見も強かったやうだ。この考え方は、何でもヨーロッパのものならよいと思ふ風潮に對して圧程度の反發ともなり、日本の現在についてある程度の反省ともなったやうだが、しかし、僕は遜色ないといふことそのこと自對を有頂天によろこぶにはいさゝか懐疑的だ。表玄關の立派さと内部の貧困とが造型自對の問題として明瞭なかたちでぶつかってゐるかどうか、といふことなのだ。ぶつかってゐないとすれば、社會を構成する人間の連帯において、故意にとはいはぬが無意識のうちに、浮き上った圏内におかれ、藝術自對のうちに問題を解決しようとせぬ特権意識と劣等意識とがいつまでたってもなくならず、その中で自家中毒をおこすのではあるまいか。

 

 僕は藝術作品とは何かといふやうな定義を下すつもりはないが、一面からすれば、意識するとしないとにかゝはらず、藝術作品とは作る者の生命と見る者の生命とをそこにおいて結びつける一表象だ、といへば。あまりにも素朴かつ自明の事柄のやうだが、しかし、自明のゆゑに漠然としてその言葉自體が一つの煙幕になり、結びつくといふ意義と方法とが見失われてゐるやうに思われる。もともと一つの生命と他の生命とが結びつくなどといふことは決して素朴でも自明でもないのだ

 少しばかり奇妙な論理だが、作品とは決して作者のみの作ったものではない。作品は作られた以上、すでに現實の事物と同じ位置に立ち、今後はそれが見るものゝいろいろの經験の對象となるのだから、他人の作品にせよ、僕が表象しなければ存在するとはいひがたいのだ。作者の側では、見るものゝいろいろ奇妙な表象仕方に作品をまかせるといふ一種の放任にたへねばならぬし、見る方の僕は、何ごとにせよ、僕が表象することをやめれば事物も存在することをやめると考へたい。どんな立派な作品にせよ、四六時中接し且つ見つめてゐては陳腐になるのもそのためだ。作品が新鮮さを保かいなか、つまり存在するかいなか、といふことは一つには鑑賞者にかかつてゐる。少くとも鑑賞者の協力を必要とする。見なれた眼は事物を既成の表象―すなはち習慣的記號としかとらず、常套句で養ひ、あらためて表象することをやめる。それでは作品の方も自分の殼のうちにとぢこもってしまふ。他人の作った作品にせよ、それを成長させるためには僕の方が成長してゐなければならない。

 だから、作品の働きが現實と異る一つの點は、つねに見るものに積極的に働きかけて、作品自體の方向に従はしめるといふだけのことでなく、その方向に従って、見るものをまた作品に積極的に働きかけさせるといふことだ。形式的な時間的繼起の順序は矛盾するが、少くともさうした相互關係の行はれる可能性を内包してゐるからこそ作品はつねに新しい。見るものをして受動的態度しかとらせぬとすれば作品は不毛だ。この鑑賞者の協力といふ點をもっとつき進めれば、近代造形藝術においてそれ自體完成した繪畫にかはってエテュードが、目的にかはって方法が、積極的な意味をもってあらわれてきた一つの必然的な順序が理解できるかもしれない。

 現在、多くの畫家が独りよがりをしてゐるとまではいひたくないが、しかし、この無限にひろがりうる他人との結びつきといふ、いはゞ倫理的問題を背後に背負って美を志してゐる畫家は少ないやうだ。僕は美を素朴に道徳的にーいはゞきまじめな儒教道徳的偏狭さにおいて解釋し、例へば飢餓の状態や爆撃に死傷した人間の状態を描冩して、たゞちにヒューマニズム高揚への教訓と効果とを意圖すべきだなどといふのではない。倫理とか誠實とかをあまり教師臭いきまじめさでうけとらぬやうにしなければなるまい。楽しみたわむれる方が誠實である場合もある。そして、こゝでいつておけば、造型といふ行為はさうした場合のもっとも美しいものゝ一つである。だから、藝術にあつては、他人と結びつくといふ倫理的な意識はたゞちに日常的動作に還元されうるやうなものではない。作品にあらはれた律動といふ迂路によってわづかに暗示的にー作者自身にすら暗示的にーしかあらはれることができない。日常的動作によってこの倫理を表白すればなまくらになる。と見きはめた嚴しい精神が、たはむれといふ無償の行為を通して日常的動作を拒絶し、造型といふ別の現實をかたちづくることによつて、倫理をわづかにその形象のうちにあらはれた律動としてとりとめる。僕はその律動を通して作品から作者の精神へと入り、再び作品自體へとかへる。つまり、型態といふもっとも明示的なものから、作者の心の律動といふ暗示的なものへ、そしてそこから再び明示的形態にかへる。僕が作品自體にかへつたときはじめて作品は存在し完成されることになるのだ。そこで僕は作品を理解したといふのではない。暗示的だからこそ今度は、僕が他人の作品を僕のものとして表象するわけだ。作者と僕とは日常の共通の現實的状況を土䑓とし、作品を契機として向ひあふ。作者の律動が僕に傳はり、僕はそれに乗り、僕のみでは不可能な振幅に従って動く。まづ最初に、かういふ律動の傳はらぬかぎり、それは僕にとつて藝術作品ではない。

 作者が畫のことをよくこゝろえてゐるらしいことも、また、その人なりに努力してゐることも充分分るが、しかし、何かさうした律動の傳はらぬといふ畫がある。腕達者といふのではなく、正しいことをいひながら何かゞ勘ちがひされてゐるといふやうな畫である。極端にいへば、描かれた畫面の構成は正しいかもしれぬが、作者と造型との関係が正しくない、といふ畫だ。僕はいまいちいちの畫や畫家の名をあげまいと思ふが、さうした畫の前に立って、律動の傳はらぬ場合、以前には僕の方が悪いのだと思ひ何とかしてそれを探り出そうとしたものだが、いまではむろんそんなバカげたことはしまいと決めてゐる。藝術作品に向つて見るものゝなすべき積極的行為とは、いふまでもなくそんなところにない。僕を乗せてくれなければ、少なくとも僕にとつて無縁なものだ、と覚悟を決めた・・・要するに他人は他人、僕は僕といふ客観的事實にすぎぬ。僕は自分を正當と自認してゐるわけではない。自分自身の限界についていささか度胸をきめたまでのことだ。

 とはいへ、僕はそれ自身で完結し、僕の方に向つてこず、額縁の中にをさまった畫を見ると、僕の體験し設定した現實とくひちがつて、僕の知らぬ世界で何かゞ行はれてゐるといふ気味悪さを感じる。僕は僕と通じるところのない生物、しかも僕と通じないまゝにそれなりで首尾一貫して生きてゐる生物を見ると、いつでも一種の気味悪さを感じるのだが、丁度それと同じやうに、いや、相手が造型作品といふ人間の作った表象の故に、それよりはるかにまして気味悪く感じる。だが、さういふ畫が大部分だ。僕は展覽會場で不自然に疲れて大半を素通りしながら、會場全體の空気がやはりそれなりに首尾一貫してゐて、僕は僕のうかがひえぬ火星の生物でも見たやうな、脳の一角がぽかんと空洞になったやうな印象をうける。これは僕がまちがってゐるか、先方がまちがってゐるかだ。僕が不健康か先方が不健康かである。壓倒的多数に對して僕ひとりだが、僕は自分があやまつてゐるとも不健康だとも思ひたくない。悲愴な感慨をもつて自負するのではなく、多分、金輪際死にたくないといふ衝動と同じものだ。それとも先方と僕と兩者が並存すべきであらうか?しかし、愛情が所有欲をともなふやうに、僕が自分の意識の中で先方をひきつけ、ねぢふせようとするのはむしろ當然ではないだらうか? ・・・だが、何といふ執念深さ! 僕はときどき自分でも呆れる。

 僕は僕自身の勝手な生き方をしてゐるやうに、いや、勝手な生き方をするために、この壓倒的多数に對して僕自身の論理をつくり出さうと思ひ、柄にもなく造型のことになど觸れるわけだが、その手はじめにまづ君に手紙を書きはじめたのだ。日本の美術と心中でもしかねない君にむかっておそらく僕は日本の美術の悪口ばかりいひさうだ。通俗な繪畫や文學しか認めず、藝術など分らぬといふキザな言葉をあたかも成人通用證の如く臆面もなく放言するものー民衆の味方などといゝ氣になって民衆に凡庸性しか認めぬものーサーヴィスとは民衆におもねること、大人とは自分の凡庸性になれ合ふことだと思ひこんてゐるピントはづれー善意をかざしてこれを自己正當化の煙幕とするものーかういふ人たちにむかってはおのづから別の態度が必要だ。人を見て法を設けといふ。蛇の如く慧しくなければならぬこの権謀術数は説得に關する不易の名言だが、しかし、使ふ身になればつらいことだ。だが、文化的基礎のジグザグのあるところほど必要なのだ。

 とはいへ僕は最近文壇霊壇でやかましいリアリズム論争や風俗小説論争の驥尾にふすつもりではない。現代において同じく生きてゐる以上、結果において全く無關係とはいひがたからうが、僕自身の意識のうちではいま無關係だといった方がいゝ。僕の考へたいのは、造型作品と、それが完成されるまでの過程との係なのだ。そして、その完成への過程とは前にもふれたやうに、作者のみの責任にすべきでなく、作品を前にしたものすべての參加し分擔すべきものだ。

 

 現代は機械力と組織力とのために、民衆にとって美的體驗を選蘀し拒絶する領域がいよいよ小さくなったといはれる。この事態そのものは喜ぶべきか悲しむべきか僕は知らぬ。が、僕は少数者の努力を信じたい。作者は選擇し、拒絶し、創造すると同時に、見るものをして選蘀し、拒絶し、創造する行為に參加せしめるといふ一種未完成ともいふべき放任があるはずだと僕は言ったが、それにもかゝはらず、展覧會場の壁をうめつくした殆んどの畫は、一つ一つそれ自體として首尾一貫し完成してゐる。少くともさうしようとしてゐる。むろん、作品である以上、完成すべきは當然である。が、その完成とは、人間は首尾一貫したものでもなく、人間の連帶に額縁などないといふ極めて不明瞭なことを前提とし、少くとも意識のうちにそれら無限な關係全を包含した場においてなさるべきであらう。作者―作品―觀衆の關係が理念的な一單位存在として形象といふ一篇の完成した明示的な獨立圏を持つべきなのだ。そのときはじめて作品は現實を捨象してそれ自體の世界をもつといへる。

 さう考へなくて、生成と運動し他人と接觸する無際限な自分の存在が繪畫といふ額縁にをさまった動かぬタブローのうちにそのまゝ定着しうると、はじめから何の疑念もなく信じえられるのだらうか?はじめから信じこんでこれらの諸關係を捨てゝしまふところに整藝術は生活から浮き上り、特権意識と劣等意識とが表裏してあらはれ、藝術と政治などといふ問題が臆病さうに顔を出すのではないか?僕が本質的に藝術家でないために、こんなことを考へるのだらうか?しかし誰が一體、自分一個の全存在を何か固定したものによって表現しうるなどと、おそれげるなくはじめから信じえられるだらうか?急いで結論をいへば、ついにそれを信じうるものだけが、そして、明示的な形象を發見しえたもののみが、藝術家の名に價する。が、しかし、言葉はよくよく吟味されねばならぬ。その場合、信ずるとは盲目的な受動的情念でなく、明知をもつて發見と發明とを行ふ積極的意思的行為だ、とこゝいひ加へておかう。

 造型作品は完璧な獨立圏をもたればならぬといふ原理があまりに通念になり常識化されて安易にすりかへられ、作品をそれ自身においてあまりに早くまとめようとする、造型藝術に關する極めて顯著なこの誤解―と僕に思はれるものーは、一つには近代リアリズムの行きついた終結點だが、また、一つには、美的體驗の絶封性を偶像とし、これを臆面もなく表白し、説明し、説得しようとする性急さから生じるやうに思はれる。美的體驗の絶對性をあらはに表明するといふことは、言葉によるにせよ繪具によるにせよ、とぼけたことだ。一體、感覺的な體驗はいづれにせよそれ自體をどう變へやうもないものだから、絶對的といへば絶對的であり、美しいといふ感覺にしても何も特別なものではない。美などといふことにかゝはると何か特殊なものと思はれがちだが、さう思ふのは無知なセンチメンタリズムにすぎぬ。(もっとも、何もかも性慾にしてしまふのも逆説的なセンチメンタリズムだが。)だから、それだけのことなら何もことあらためて言ふ必要もない。

 が、涙をさそふ手がいくらでもあるやうに、美しいと感じさせる手は無盡にある。涙をさそったものが僕にとって重要なものとはかぎらぬやうに、美しいと感じたものが必ずしもみな重要とはかぎらない。のみならず、たとへそれを重要と思ったところで、それがいつまで重要であるか分ったものではない。僕は昨日より今日の方が賢明だといふわけではないが、同時に、今日より昨日の方が賢明だつたとも思はぬ。僕は自分の感情をそれほど信用してはゐない。

だから、とぼけたことだといふのは、いふまでもなく美的體驗が絶對だといふ事柄自體にあるのではなく、さうしたことをぬけぬけと言ってのけることにある。もともと美的體驗の絶對性をうけ入れるといふことは藝術家にとって、おそらくもつとも勇気のいる冒險的行為だ。美が自分の生命の全體にかゝはる以上、それを認めることは完全に自己を放棄することにちがひない。もし美的體驗を他人と結びつく唯一の標點と感じ、それを自分一個人の存在の價値以上

と見るならば、さう臆面もなくそれを表明することはできぬはずだ。美を軽くあしらって、他人が自分と貧寒なところで結びつくことは恥ずべきことではないか?藝術にたづさはるものゝ他人へのサーヴィスとはさうしたことではないか?僕は多くの畫家たちが先人の切り開いてくれた道を楽々と歩いてゐるといふやうな言ひ方はしたくない。僕の言ひたいのは技術的な模倣以前のことなのだ。技術的な模倣ならいくらでもすべきなのだ。

 のみならず、美的體驗の絶對性などいくら叫んだところで他人に通ぜず、いくら懇切に説いたところで説明されぬ。それを示すためには言葉自體の含蓄において傳へればならぬ。いふまでもなく、美しいといふ言葉自體は美しいものではないからだ。こんなことはいふにも気がひけるほど分り切ったことのはずだが、しかし、言葉の表現する含蓄と、言葉の持つ叫びの音聲と、言葉の意味する内容とは、實際は驚くほど混同されがちだ。言葉による表現表白説明との間におけるかういふ混同は藝術を理解する上に致命的だ。(僕は言葉をこゝでは、繪畫における色、音楽における君と共通して考へてもいゝ。)美的體驗の絶對性はいふまでもなく、明際に割り切れる言葉の意味において説明できるものではなく、みだりには美をロにしまいと決意する自虐的な含蓄において傳はる以外に道はありえない。美は拒絶されたものゝ大きさに比例するのだ。一つの造型された言葉の背後にどれほどの連續した歴史が、どれほどの人間の行ひつゞけた営爲がかくされてゐるかを感じなければ、そしてそれを尊重するのでなければ、あらゆる表象は醜悪にされてしまふ。しかし、断っておくが、僕のいふ言葉の含蓄とは新仮名づかひて失ばれるといふやうな單純なものではない。逆に、新名づかひによらうと、また、たとへ翻譯によらうと失はれぬものが眞の含蓄だといひたい。

僕はまた、いつの時代にせよ、自分の心に浮ぶ詩的な情感をそのまゝ吐露すればよかったやうな時代があったとは思へない。刺戟を神託とでも思ひこんで絶對主義的な偶像を崇拝するのは、ロマンテイシズムをセンティメンタリズムと誤解する無知な偏執にすぎね。感じたこと思ひついたことを何でもうけ入れ、すぐさま表白するから美的體驗は絶對だなどと言ひ出すのである。感動にせよ制約しなければいけないのだ。そして感動を制約するとは、すでに出来上った表象を単に受動的に受け入れるのを拒絶することであり、美がどこか固定したところに存在してゐるなどと思ひあやまらぬことである。美は向ふ側にもこちら側にも存在するものではない。不安定な關係を明確なかたちで表象したときあらばれるものだ。極端にいへば、創造する場合にせよ觀賞する場合にせよ、藝術作品は僕たちが積極的に表象するまでは存在しないのである。

 そして、僕は思ふのだが、かういふことはあまりに分り切った知識の問題であって、生き方の問題などではないのだ。つまり、あまりに非常識が横行してゐるのだ。が、知識の問題だからこそ言へば傳はり、學べば通じると思はれる。それほどむづかしいことゝは思へないのである。

 

 表現と表白と説明との混同といふ、いはゞ避けがたい言葉のもつ曖昧さに對して、具象的な形といふ明確な表現形式をもつ造型藝術は幸運だといはれる。たしかに文學作品とちがって、造型作品は、かたちといふ作り出された現質の存在によって、形象するといふ動作が教はれ、すべての理想や祈念をそのかたちにこめ、いや、それだけをこめ、それによって、他の人間活動が造型の背後に捨象しうる。藝術家としての人間のみがあらはれ、生活人としての人間がしりぞき、それによって自己の主體は開放される。作品は作り上げられたとき、すでに作者にすら對立するもの、つまり現實の事物と同じ位置に立つ・・・・たしかに、さうにちがひないのだが、しかし、かうした言葉もあまり常識的にうけとられると造型藝術に闘する誤解を生む。言葉に關する誤解は同時に造型藝術においても行はれる。たとへ明示的な形態によって直接視覺にうったへる繪畫や彫刻にしても美が暗示的含蓄においてしか示されぬことは文學の文體と同様

であり、かつまた、具象的形態をもつてゐることによって、表面的には文學と逆な誤解―しかし本質的には同じ無知から生ずる誤解がおこるのである。

 たとへば、もっとも造型的な具象性をもつと考へられてゐるギリシア彫刻を例にとらう。僕は、造型藝術において日本人に最も分りにくいものはギリシア彫刻の節度と明快とをもつ寫實性だと思ってゐるー少くとも僕にとってはさうであった。その分りにくさは面をその含蓄において見なかったからだ。面の含蓄についてはグゼルが極めて見事なロダンの挿話を傳へてゐるから、御承知とは思ふが引いておかう、―

 ある日の午後/ゼルはロダンをアトリエに訪ね、間もなく夜になった。「あなたはこれまでにランプの灯で古代彫刻を眺めたことがありますか?」と突然ロダンがたづねた。いざゝかめんくらったグゼルにロダンは言葉をつゞける、「たしかに自然の光は美しい作品をその全體としては最もよく賞させてくれます・・・・しかし、一寸お待ちなさい・・・・きっとあなたが分るやうな實驗をお目にかけませう。」ロダンはそれからランプに火をつけメディチのヴィーナスのすぐれた古代の複製のかたはらに行き、その腹部を焔で照らし出した。その光はいまゝでグゼルの想像もしなかった多數の微小な凸凹を大理石の面にうき上らせた。それからロダンはヴィーナスを支へてゐる移動盤を廻らせる。その廻轉につれて、腹部の全體的形の中の夥しい微細な起伏が比類のない複雑さをもつて展開する・・・・

 この挿話を裏づけにして、ロダンの有名な遺言―「君たちが肉付けモドレを行ふときは決して表面によってではなしに起伏(ルリエフ)によって考へねばならぬ」といふ言葉が充分理解されよう。そして、なほ興味あることは、ロダンの「實驗」した作品がどれほどすぐれたものにせよ複製だったといふことだ。複製にせよ、決してその起伏(ルリエフ)は失はれなかったのである。

 ギリシア彫刻の節度と明快とは、ギリシア悲劇のうちにある壮大雄渾な激情と、そして末期になってあらはれるラオコーン群像の激動とを内部に含みながら、これをなまのまゝにあらはすまいとする男々しい精神によって制約し、その動きを面の起伏(ルリエフ)によって表現したのだ。それは日常的視線覺のとらべる動作をそのまゝ表白することによって、他人が貧寒なところで自分に似ることを恥ぢる羞恥でもある。含羞の心のもつ節度と拒絶の精神のも明快とが、 これだけの含蓄を明るい太陽の下に隠したのだ。節度と明快との完璧な逆説であり、比喩である。

 肉的動作の痕跡が消されるほどそれは美しくなる。これが藝術作品における緊密感ではないか?作者の精神と表との關係におけるこの緊密感が、たゞ作品構成の平面的精密さにすりかべられたとき、藝術は末期的様相をおびる。造型におけるムーヴメントといふ概念も本来かうした意味にひらるべきではなからうか?ムーヴメントといふことが畫面構成上の効果、動いてゐる對象の描冩、あるひは作者の心の傾斜の面白さ、あるひはのみや筆さばきの速さなどに求められるとき藝術は職人の手にうつる。すぐさま作者の肉體的動作に還元されるやうなムーヴメントは職人的技術にすぎぬ。力は速度によってあらはされると看破したギリシアにあっては、速度とは、動くものが一點から他の點へと移行するその時間の短さを意味するのでなく、日常的感覺では同時間内におこると見えるその移行のうちに動くものがどれだけの速さをもって振幅してゐるかといふことを意味したのだ。そしてロダンの高速度寫真のやうに轉廻する心の振幅がギリシア彫刻の面の振幅をとらへたのだ。

 だから僕は、ミケランジェロからゲーテ、ヴィンケルマン、レッシングなどの賞讃にもかゝラオコーン群像のやうに苦悩を苦悩の表情において、忍耐を忍耐の表情をおいて、更にいへば、動きを動きとして描寫することは、末期的な現象、あるひは藝術の表現に關する根本的な誤解と思へる。・・・・が、このことはいまとてもいひつくせない。ギリシア彫刻については別の機會に君ともっとゆつくり語り合ひたい。たゞ、こゝでは、ロダンでさへムーヴメントを二重の意味にー面の起伏が示す律動の意味と動く對象を描寫するといふ意味とにー使はねばならなかったことを思へば、造型作品においても表現の曖昧さがどれほど根強く、むしろ、本質的だとさへいへることを一應指摘しておけばよい。

 日本では明治以来外國文明を受け入れるのにいつもかうした表現と表白と説明との混同があった。造型作品についても例外ではない。藝術以外の文明はともかくも有用性によって一應は生活と結びつき、文學の場合すら、言葉の曖昧さによって表象のうちに捨象し切れなかった生活が一應は理解され、人々はそれを有用性と結びつけて、そこにぎこちない教訓を讀んだ。一つには、言葉によって造型された文體が、翻譯のために(たとへ原文で讀んだにせよ、生活しなければ翻譯と大差ない。)失はれたことも一因だらうが、しかし、ある意味ではそのことが強みにさへなった。が、造型作品の場合には、生活が完全に捨象されてゐる故に、表象が表象として受けとられたきらひがある。

 それもまた、後進國(後進國!奇妙な言葉だ)として急ぐためにはやむを得なかったのかも知れぬ。が、それはまた、學んだ知識を生きることを知らなかった無知な性急さでもあった。その無知な性急さに反發した岡倉天心はじめ何人かの先達たちの心が僕には理解できるやうに思はれる。そして、表現の含蓄に生きようとして前進的なヨーロッパ的ヒューマニズムを強引にふり切った彼らが、さうした風潮の中にあって、つひに流謫の人とならねばならなかったことを。僕はかうした事態をくりかえしたくない。こんなことをくりかへしてゐてはきりがないからだ。

 さて、僕の語ってゐることは常識にすぎぬ。それに、この手紙は混亂してゐるやうだ。酔どれが誰かれかまはずつかまへては君よばわりするやうに、君といひながら他に向ったりして、要するにA―君といふ實體がない。また、あまりに早すぎる判断を下したところもあらう。ことに藝術創造と藝術観賞との關係が曖昧かもしれぬ。が、前にもいつたやうに観賞が創造につながらなければ骨董いぢりにすぎないのだから、それは本質的に曖昧なものなのだ。・・・・しかし、僕は急いで結論らしいものを言っておかう。表現と表白と説明とを混同してるかぎり、つまり、造型といふことを誤解してゐるかぎりいつもはじめからやり直すといふだうだうめぐりをくりかへすにすぎず、美の傳統などといふものは金輪際出来ぬ、といふことだ。傳統のないところ、藝術家の魂はつねに流謫の異邦人たらねばならぬ。空白をうめるために自分の身をはらねばならぬからだ。

 僕のいま感じてゐることは、戦争によって日本が燒野原になったといふやうな空しさではない。その背後にひそむ無氣味な空白である。戦争の経験などといふものは生き残ったものにとっては通りすぎた一つのアクシデントにすぎぬ、といふやうな気も遠くなるやうな空しさだ。僕は現在多くの人々の努力を認める。しかし、みながなにか意味ある仕事を自分の意思で行ってゐるかのやうに思ひながら、實は何もないものを、無理に自分をふるひ立たせて、それが自分の意思ででもあるかのやうに思ひこんでゐるのではないか、と、ときどき考へるのだ。丁度怒るものが自分の怒りでますますい怒りを空はりさせるやうに。たゞ憑かれたもののやうになってからだの働くこの一瞬の束の間のいのちにだけ自分の身をかけてゐる。冷静な判断などといふものはない。冷静な判断はこのいのちを喪失させる以外の何ものでもないかのやうに。これでは、さめれば空しさだけがのこる。

 造型において、外國文明の表象をできるかぎり多く、できるかぎり急いでとり入れようとする人々から、それと正反對に、さうした表象だけをうけとることの無意味を知ってすべての形式をやぶらうとする人々にいたるまで、例外でなく、僕は彼らの善意を認めないわけではないが、いさゝかあせった盲目的衝動と思べるのだ。このやうな熱狂的行爲のみが現在僕たちに残された唯一の道であらうか?日本といふ東洋の絶端の孤島におしよせた西洋の力の前に、西洋に拮抗して身をたてるためには、かうした態度のほかないのだらうか?

 古めかしい話だが、僕は子供のころ氣味悪く聞いた賽の河原の石積みの話を、やはり気味悪く思ひ出す。子供が石をつんで塔を作らうとして出来上りかけると鬼がきてこはすといふやつだ。因果物めいてをかしいと思へば別の言ひ方をしよう。人間の歴史とはすべて人間が何ものかを表象することであり、それを毀すことであり、そしておそらく永遠にそれをくりかすにすぎぬ、そして、存在するものは、子供のやうに無邪気な人間の表象の背後に、非力な人間の手のとゞかぬところに、いつもかはらず存在してゐるのだ、と思ったとき、世界は僕から遠ざかった。世界も僕も色青ざめて・・・・進歩もなく、時間もなく、すべての運動がとまった世界・・・・僕は自分の頰が冷たくなったのを感じた。スフィンクスの謎といふやつだ。が、しかし、いさゝか滑稽でもあった。

 しかし、僕は人間の歴史を否定するなどととんでもないことを考へはしない。明治以来半世紀餘りの歴史を無にしてやり直さうなどとバカげたことを言い出すのでもない。いとなみの結果は残らぬ。だが、いとなんだといふ行爲は存在する。行った結果などはたかのしれた、はかないものだ。が、たとへ結果ははかなく全く残らなくとも行ったといふ行爲は存在する。もし存在といふことを認めるなら、僕はさういふ風にへたい。スフィンクスのかけた存在の謎になどごまかされまいと思ふ。さう考へなくては、倫理とは何であらう?僕は動機論も宿命論ももち出すつもりはない。もはや死んで現在の僕たちにしては何の影響力をも持ちえぬ先人たちの作用が、僕たちが表象するといふ行をはじめることによって、現存しはじめるといひたいのだし、また、未来にしても同じ希望を持ちたいのだ。そして、それらすべてを理念的一單位存在として造型しなければならぬと思ふのである。

 僕は現代の不安の中で造型に逃避したいといふのではない。逆に、造型といふことをもって、現實に對する積極的な表象の行爲にしたいのだ。現代の不安と孤獨とのうちにあって人々は互に結びつく場所を必死に探し求めてゐるが、一人の人間の生命が他人と結びつきうるなどと考へるのは所詮夢物語にすぎぬと知ったのが現代の孤であり、同時に、それにもかゝはらず他人と結びつかねば生きてゆけぬと知ったのが現代の不安である。とすれば、この夢を単なる夢とせぬために確固たる明示的造型にしなければならぬのだ、僕たちの知つてゐる日常的現實以外のところに。

 自分だけが、スフィンクスにごまかされぬことなら僕にでも何とかできるかも知れぬ。が、スフィンクスを倒してカドモスを救ふためには、オイディプスの勇気と明知とが必要だ。昔、カドモスの子らが英雄を待ちわびたやうに、僕たちが僕たちのオイディープスを待つこと久しい。が、あらはれるまでは僕たちがせめてスフィンクスの餌食にならぬやうにせねばならぬ。僕はいまほど冷静な判断、強力な批評精神の必要なときはないと思ふ。丁度、嵐の大森に乗り出した小舟の中で最も必要なのが勇気ある冷静な判断であるやうに。勇気をもって無時間性を見きはめたとき、あらためて時間の概念が僕たちの行為をうけとめてくれるものとしてあらはれよう。明知をもつて運動の停止を知ったとき、あらためてムーヴメントが日常の視覺にとらへられるものとは別の様相において理解されよう。 空白を見つめたとき表象するという積極的行為の意義が、暗示に心動くとき明示的形態の意義が、あらためて理解されるのだ。多分、さうしたとき、すべてのものが理念的一単位存在としての型態うちに把握され、美は人間が互に結びつく唯一の通路とならう。

 造型芸術の傳統とは、その種子の上にはじめてうち立てられるのではないだらうか?

 

 

二つのアンデパンダン(抜粋): テキスト

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