運慶論-序 芸術批評について
無著像世親像はわれゝを圧倒する。第一に、われゝの日常の人間関係を支へてゐる欽慕や慈愛や一口にいへば普通われゝが人間的と呼ぶ善意がこの彫像においては見事に断ち切られてゐて、もつと強力なものが示されてゐるからだ。
一体、われゝは始末に悪いほど人のよい善意をもちすぎてゐる。神が肉親を与へたのは愛することを学ばせるためだといふ聖者の言葉は、人間が互ににくみあふことを前提としてゐるのだらうが、かういふ事態を認めた上で、なほ精神が堪へうるのはよほど精神が強靭なのだ。普通われゝは、自他ともに善意に頼り頼らせるといふ一つの枠内のうちに、日常生活に安全感を得てゐる。対人関係において、この善意を予想せぬかぎり、われわれの生活はまことに不安定なものとならう。ところが、われゝにしても時としてかういふ善意を捨てねばならぬと感じることがある。しかし、さうやすゝと捨てうるものではない。善意を捨てた孤独に人間はどれほど堪へうるだらうか。のみならず……
大義親を滅すといふ。が、義が明白なものであれば、あるひは強制的にせよ盲目的にせよ明白とされてゐるときには、まだしも、日常の人間関係を支へるべき善意を捨てることはたやすからう。われゝの悲劇はその義があまりに不分明なことだ。政治や科学(哲学や社会科学まで含めて)のほか、精神に関するかぎり、あるひは、こと文芸に関するかぎり、われゝは親を捨てうるはど自信をもつておし建てるべき義をもたぬ。おそらく、これは近代の日本に生きるわれゝの宿命であらう。
封建的な時代には、形式的な類型においてにせよ、まだしも義を建て、それによつておのれを示すこともできたであらうし、その反面において、人間をにくむこともできたであらう。が、人間の生理や心理が解剖されて以来、善意の過剰は悪を摘出するかはりに悪人をなくしてしまつた。近代の日本の文学はにくむべき一人の悪人ももたなかつた。誰も徹底的に一人の人間をにくんだものがないのだ。悪人もこれを見る眼も、あまりに善意にみちすぎてゐる。むしろ、善意のうちに韜晦してしまふのだ。かうして、政治的あるひは社会的な悪が人間の生理にまで還元されることによつて、悪が見のがされてしまふ。政治的あるひは社会的な悪や不備が人間の内部的なことがらとされて個人が引きうけてしまふやうなことさへ出てくるのだ。これはおそらく、外見上封建的なものを捨てながら、みづから破壊したのでない被支配者的根性の残滓かも知れぬ。
日本の美の伝統-少くともその最も大きな潮流- といはれるものは、かういふ善意の上になり立つてゐたともいへる。封建的なにくしみも、極言すればたゞ勧善懲悪的な類型としてのみあらはれたにすぎない。おのれを破壊する底のにくしみも、同時にまた、人間の生活圏をおぴやかす底の美もない。人間はすべて善人であり、床の間に飾られる絵はその家の主人の生活のうちにおとなしく身をおく。「キリストとともにこの国へやつてきた悪魔でさへ春の日に朝夕の鐘の音を聞けば悪をする気力を失つてしまふ」のである。
しかし、近代においては、事物はかういふ善意の上にのみなり立ちうるものではない。近代はかういふ善意を破壊してしまふ強力さをもつてゐる。われゝはわれゝのこんな善意が無惨にふき飛ばされて何の用にも立たなかつたことを痛いほど知らされたはずである。
近代の事物と善意の伝統との間にあつて、少くとも文芸に関するかぎり、義を見出しえぬわれゝは捨てねばならぬと決意した善意へ再びむなしく立ちもどるか、それとも、義そのものでなく、その決意だけを精神の支へとするか、しなければならなかつた。つまり、文芸を捨てるか、それとも、決意することそのこと自体にわづかに義を見出さうとしたのである。だから、われゝが善意を捨て切れなかつたのは、たゞ、それによつて惹起される不安定をおそれたからだけではなく、また、その孤独に堪へえなかつたといふだけのことからでもない。善意を捨てねばならぬと決意しながら善意を捨てゝまで探つて拠り頼むべき義を探りえなかつたのだ。近代の文学に美が見出せるとすれば、それは示された義そのものゝ強さにおいてゞなく義を求めて善意を断ち切らうとした弱々しい人間の熱意
においてゞある。作品そのものといふよりはそれを作つた作者の心情においてゞある。
しかし、芸術作品とは、見るものを一たび作者の心情へとおもむかせながら結局は最後に作品自体へとつれもどして、そこに美を示すべきものだ。われくの不幸は近代においてさういふ作品をもたぬことだ。より正確にいへば、もちえなかつたことだ。そんなとき、私はこの無著像世親像 - 断ちがたい善意を捨てゝ不動の姿において真実を示してゐるこの彫像の前にしばらく立つてみたいのだ。昏迷したわれゝを圧倒するほどの力をもつて何の臆するところなく人間の精神の強さを示してくれるこの彫像についてしばらく考へてみたいのである。
とはいへ、もちろん無著像世親像はわれゝに思索せよと要求しない。むしろ、われわれのなすがまゝにまかせる。そして私は思ふのだが、これこそ真の信頼である。およそ天才の仕事には見るものをおのれと同じく信頼するといふところがある。見るものはこの信頼に応へねばならなくなる。要求されぬ責任を感じるといつてもよい。そして、この最も厳しい最も困難なものについて力の及ぶかぎり考へねばならなくなる。一つの芸術作品がわれゝに対し何をなすか、とても正確にいふわけにはゆかぬが、不動の対象によつて思想を訓練するといふ驚くべき作用をなすことは確かにいへる。
むろん、だからといつて、この作品がわれゝの思想を感情から分離してしまふといふのではない。完璧な作品を前にしてわれゝは精神と肉体、思想と感情、認識と意欲、世界と人生観などわれわれが日常経験せざるをえぬ二元の分裂を感じはしない。これは芸術作品がわれゝに与へる幸福である。二元のものを一元に還元するとも、また、ニ元の対立を対立のまゝ幸福を感ぜしめるともその他何とでもいへよう。ともかくも、われわれの感覚器官は直接精神と結びついて、この上なく単純化され、不可変の対象に集中される。
しかし、われゝの精神といふものはなかくそれだけで満足しうるものとはかぎらない。いはゞ精神は、肉体的な作用が一度すでに解決したものを知性の迂路を通していま一度解決すべきものに変様しようと要求することがあるのだ。こんなにもわれゝを驚嘆させる不動の姿を作つたのは一体どんな精神なのか、とわれゝは問ひをかける。具象に満足しえず、抽象的な本質にまで到つてこれを探らうと精神がむづかる。痩せ細つた精神の潔癖さだといへばいへないこともない。
かういふ精神はともすれば芸術作品を「展開しうる謎」にしてしまはうとする。そして本来展開しえぬ謎をすぐさま展開してしまはうとする。かういふ精神は怠惰でないといふことだけが取り柄かも知れない。が、あまり性急にその仕事にとりかゝると、結局、それがなしうることゝいへば、抽象的な展開によつてこれ以上うまく枚挙しえぬといふまで時間的あるひは空間的な継起の秩序の網をはりめぐらして正しさを示すだけのことだ。が、どんなに正しいことが示されても、やはり勘ちがひされてゐる場合もあるのだ。だから、できようことなら展開などしないで語ることだ。精神はその信じる思想を展開しようとするが、さて展開しはじめると結局いひ終らないうちに信念が弱つてゐるのを感じるものだ。抽象的な枚挙はどんなに完全な組織をもつて連絡づけられても、精神にとつては何ら確固たるものではなく、ばらゝな可能性の断片にすぎぬ。だが、考へるといふことがわれゝを牽引する力は驚くほど強い。
抽象的な支離滅裂な可能性の断片を突然思ひがけぬ仕方で結び合はせるのは、われゝが再び不動の姿において具象されてゐる対象へともどり、そこにあらためて讃嘆するときである。精神といふものはいつもおのれ自身の根拠について迷ひがちなものだ。はじめから展開せずにおいては満足しえず、展開しようとすればしたでまた満足しえぬ。こんな精神を確立してそのまゝ証しするものは、美を全体として理解する肉体的な初源的な作用である。迷ひがちな精神を肉体を通して美が設定する。これが讃嘆である。そして、讃嘆のうちで人間全体が一つの動きのうちに入る。作者のなした動勢に従ふといつてもよい。かういふ従ひ方は模倣ではない。信従である。作者への、作品への、そして結局はおのれ自身の尊い感情の高揚への信従である。こんなとき観念が排される。かうして、一度作者の精神へと直接入りこまうとしたわれゝは再び作品自体へと引きもどされるのである。
だから、あらゆる表象をあまりはやく展開しようとするこの日頃、芸術にたづさわるものは性急になつてはならぬ。結局、美とか真とかいはれるものは一度に全的に解決さるべきものだ。美しいこと、真であることがすでに感覚によつて明確に証明されてゐるものへといつもたちもどるといふことをくり返さないと、思想は美を見ながらその傍を通りすぎてしまふ。観念的な本質だけを求めて実存を否定するからだ。抽象的なあるひは観念的な美などゝいふものゝ存在しないことはいふまでもない。美しいのは現実に形あるものだけやある。だからわれゝもできるなら自分で美を創るやうにした方がよい。
作品にかへればわれゝはあらためて何も十分には理解できなかつたのを感じる。われわれはわれゝ自身の信念や思想をもつてゐて、それに準じてこの作品に判決を下さうとする。あらゆる流動するもの、流暢なもの、誘ふもの、そして、一口にいへばわれゝの礼節を支へる善意を排除して、われゝをつきはなしてしまふこの彫像はどんな判決をも受けいれる。が、われゝは本当には何も判決しえなかつたのを感じる。この天才が人を信頼する無縫の態度のうちにわれゝは結局とらへられてしまふのだともいへる。
天才の無縫なのんきさは勇気と信頼とを示すものだ。見るものを予想せず自分のためにのみ作るのだともいへる。自分を理解させようとつとめないが、これは見るものを無視したり、軽蔑したりすることではない。理解させようとあくせくするのは、理解されぬかも知れぬ、いやきつと理解されまい、といふ臆した心から生ずる。見るものを信頼せぬこと、従つて軽蔑すること、そんな心根から生ずるのだ。が、信頼のないところ、軽蔑のさしはさまれるところでは決して理解はない。理解されまいといふ疑惧が理解をさまたげて無理解を生む。天才とはさういふ疑惧をしない能力でもある。疑惧をしないのは、理解されなくともよいと思ふからではなく、理解されることを信じてゐるからだともいへよう。これが天才ののんきさなのだ。彼は孤独である。見るものゝ気に入らうとしたり、見るものを誘引しようとしたりなど少しもしない。軽蔑もしないが阿訣もしない。さういふ人間的関係を支へるべき善意を完全に断ち切るが、同時にいつも他人を自分と同等のものとして話しかけてくる。これ以上大きな礼節はないともいへよう。分るところは分るまゝに、分らぬところは分らぬままに、われゝは結局この礼節と信頼とのうちにとらへられてし
まふ。かうして、たゞ自分のためにの作られた作品が万人のものとなる。こんな彫像の前でわれゝの信念や思想や意見や判決はすべてばらゝの偶発事にすぎなくなつてしまふ。そして、何の懐疑もなく、従つて臆した心をもたたぬこの彫像の前でわれゝはわれわれの全精神が作り直されるのを感じるのだ。
しかし、彫像について散文で何か論ずるといふことは一体どんなことなのだらうか。
いふまでもなく作品はそれ自体の手法において、素材の抵抗を通じて、おそらく無意識のうちに最も微妙な数学的軽量と解釈をとらへつゝ、幸運の援助によつて作り出されるものであらう。それに、第一に芸術作品を理解する仕方は作者のなした動勢に思はず知らず従つてしまふところにある。そこで、あるひは、彫像を真に理解するには彫刻といふ芸術について知らねばならぬといふことになるかも知れぬ。内部的な動勢が手法においてそのまゝ手の動きとなる不可説の論理を知るためには、彫刻といふ芸術に充分通暁しなければならぬからだ。が、さうとすれば、彫像について真に理解することのできるものは、その手法を肉体といふ半透明な厚みを通して、いはゞ触覚で、とらへてゐる彫刻家だけかも知れぬ、といへばいへないこともない。形式的な三段論法をもてあそんでゐるわけではない。このことはこれとしてやはり本当だと私は思つてゐるのである。が、しかし、さう簡単にはつきりいひ切つてしまつてよいものでないことも知つてゐる。誰でも理解しうるのが芸術作品なのだから。
しかし、彫像について文章で何かいふといふことになると、結局、何のことか分らなくなつてしまふかも知れない。
が、美はわれゝに思索せよとは要求しないが、われゝは-少くともある種の人々は-思索することによつてこれに応へようとする、といふことはいへよう。私にとつて、この彫像の前ではじめて設定された精神が更に発展するために必要な養分を得るのは、いまのところ、その讃嘆について思索し、これを何らかの仕方で表現するといふ迂路を通してのみである。彫刻家なら鑿をとらうし、画家ならば絵筆をとるだらう。しかし、私には、さういふ芸術家の仕事といふものは畢寛不可解である。彼らが仕事をしてゐるとき、私と同じやうな仕方で思索してゐるかどうか、つひに分らない。分つてゐることは、それゞの芸術にはそれさゞの思考法があるといふことだけだ。だから、運慶の思考法から運慶の精神に入りこまうとしたところで何も分りはしまい。そこで、私は運慶のことを考へながら、運慶がその生涯をかけた彫刻といふ芸術については結局何も考へてゐないことになるかも知れぬ。少くとも、私の思考が彫刻といふものに一指も加へぬことだけは確かだ。が、私は、この彫像からうけた讃嘆から作者の精神へと入りこみ、再び作者の精神からこの彫像へと登つてくるといふ行程をいつも行きもどりしながら、私なりの思考をするといふことをくりかへす以外、私の精神に養分を与へる方法を知らないのである。
だから、私は無著像世親像のうちに、何か新しいものを見出したなどゝいふわけではない。芸術作品に関するかぎり、遠い昔から民衆が素朴に見出してきたもの以外、何か別のものが発見されるなどゝいふことがありうるとさへ思つてゐない。何もかも理解されてゐるのだ。そして、いつも何もかも理解されてゐない状態から出発して、あらためて理解されるのだ。この理解されたものを論じたところでよくとらへうるものでないことも知つてゐる。が、これについてあらためて何かいふこと、何か論ずること、一口にいへば批評すること、これはほじめての発見とはまた別のことだ。批評することは、やはり、現実におのれ自身を形成するためなのだ。あるひは、それを確めるためなのだ。豊かな精神ならこんな方法はとらぬにちがひない。多分、自分で直接美を創り出すだらう。さういふ態度をあながち近代に堪へえぬ古いものとしてさう簡単に片づけてしまつてよいものかどうか私は疑はしく思つてゐる。美しい芸術作品といふものはいつも素朴な、あるひは未開な古さをもつてゐるものなのだから。少くとも私のうちにはさういふ永遠の諸作品の示す実質的なものへの郷愁がひそんでゐる。その郷愁がこの彫像のやうな見事に具象された形へと私の思考を向けさせるのだともいへる。だが、しかし、同時にまた、創られた形ある美しいものゝほか、人間がおのれを形成しようとした歴史には、こんな思索の仕方が系譜を引いてゐるとも思へるのである。さうでなくて、また、さうであることを信じなくて、こんな面倒な仕事を誰がするものがあらう。
しかし、こんな風に意識しながら自己を形成するといふことはどういふことなのか、一体、人間は意識し確めながら自己を形成しうるものかどうか、といまこゝ訊ねたところで仕方があるまい。予定された日程で一日一日を確めながら旅行することだつて、やはり旅することにちがひはあるまい。旅情は?旅情は明日知らぬ旅びとのみが知る感情かも知れぬ。が、計画した旅行にはまた別の旅情もあらう。たとへ、影のやうな旅情であつたにしても。そして、「これ以外に愛し方のない場合、これもやはり愛する態度の一つなのだ。」
しかし、あまりはじめから饒舌はふるふまい。