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「ダンス・ダンス・ダンス」覚え書き

 ペンシルバニア州にある町、あるいは何処にあっても良い町。ひとつの製鋼所が町の主要産業であり、そこで生まれた若者の多くは同じ学校で過ごし、遊び、やがて同じ製鋼所で働くことになる。同じ町の娘と結婚し、仲間といきつけのバーで酒を飲む。マイクたち五人は鹿狩りの仲間でもある。それが、その町の五人の若者の生だった。

 ある時、そのうちの三人がベトナム戦争に徴兵された。歓送パーティとひとりの結婚式。酒と馬鹿騒ぎ。出征前にマイクたちはもう一度鹿狩りに出かける。山の静寂はマイクを包む。静寂の鼓動とマイクの鼓動がその境界を失い、溶け合おうとするこの一時。平凡な一時に、マイク自身にも気付かれぬようにこっそりと脈打つ永遠。彼等は確かに鹿を求めているに過ぎない。けれども、そうだからこそ我知らず彼等が手に触れようとしているもの、至福の時。

 彼等は出征する。

 収容所、ロシアン・ルーレット。

帰らぬ者もいる。帰った者もいる。けれども、例えば身体の自由を失ったばかりではない。彼等の目には故郷は決して同じ色には映らない。あの永遠と触れあわんとした一時も、もうあのようには決して訪れない。

 思えば、あの歓送パーティで、勇んで出征しようとする彼等の前で「クソくらえ」と静かに酒を飲んでいた不愉快なベトナム帰りの兵士。あの日の自分と兵士の距離、それはあの日の自分と今日の自分の距離でもある。

 マイクもニックも、収容所でロシアン・ルーレットをさせられた。友人のニックにとって、町を出てであった現実の過酷さは、彼からいっさいの生の平衡を奪い去ってしまった。マイクの機転と勇気(ととりあえずは言っておこう)により収容所を脱出したが、すでにニックにとって収容所の外と内に基本的差異はなかった。彼はサイゴンでみずからすすんでロシアン・ルーレットに身をさらし、儲けた大金を半身不随となった友人に送り続ける。ニックにとって、自分の命すら、自分の断層を耐えるにはあまりに小さいものになってしまった。今、この瞬間の精神の崩壊を支えるには、さらに強い崩壊の予感、確実な予感によって、かろうじてなされるよりほかない。自らすすんで自分に銃口を向け、引き金を引く刹那、その理不尽な一瞬のみが、彼の理不尽な生に拮抗する唯一の刹那である。そして、それは命とひきかえにしか終わり得ないという意味で二重に理不尽なのだ。マイクには、ニックの崩れゆく傾斜をどうすることもできない。彼は、陥落寸前のサイゴンにニックを連れ戻しに行くしかない。しかし、ニックはかたくなにマイクを拒絶する。どうやって、この孤独な魂に触れることができるだろうか。二人はテーブルで向かい合う。もう一度ロシアン・ルーレットのテーブルで。いったい、どのような言葉ならニックの中に響くのか。マイクは引き金に手を掛けながら口にした。


I Love You.


 ニックの心が揺れたその時、その心に手が触れようとしたその時、ニックは頭を打抜く。その骸を抱く時のふたりの孤独な魂としての近さ、そして、触れようとする魂の関係としての無限の遠さに彼はなすすべを知らない。

マイクは、あの日のような鹿狩りは決して二度とできない。

 「ディア・ハンター」は、現代の魂が現実と出会うひとつのドラマである。それは〝戦争〟映画ではない。僕たちはいつもこのようにして現実と出会うしかない。そして、そうでありながら生きてゆくよりほかないのだ。いわば、世界の輪郭を奪うかたちで、現実は僕たちにぶつかってくる。戦争とはそのティピカルな形といってよいだろう。そして、この作品が僕たちを打つのは、その断層において、彼等がどのように生きようとしたか、またどのように生きざるを得なかったか、あるいは、そのふたつがほとんど重ね合う生を生きたことにあるだろう。

村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」。


 半年間、いっさいのものから切断されていた〝僕〟が、キキという昔知りあいだった女の子を探しはじめる。昔、一緒に泊まった「いるかホテル」はまったく建て替わっていたが、そこでユミヨシという女の子に会い、〝羊男〟と出会う。キキを求めながらいつしか〝僕〟は俳優になった同級生の五反田君、女流写真家、その娘、メイ…様々な人と巡り会うことになる。

 この世界では同じ手触りの表現が繰り返し使われている。

 彼女が去っていったことは、僕の中に予想以上の喪失感をもたらした。しばらくの間、自分自身がたまらなく空虚に感じられた。僕は結局どこにも行かない。みんなが次々に去っていき、僕だけが引き延ばされた猶予期間の中にいつまでもとどまっていた。現実でありながら現実でない人生。

 でもそれが僕が空虚さを感じたいちばん大きな理由ではなかった。

 いちばんの問題は僕が心の底から彼女を求めてはいなかったということだ。


 …朝、目覚めた時、僕は自分がどうしょうもなく空っぽに感じられた。ゼロだ、と僕は思った。夢もなく、ホテルもない。見当違いな場所で、見当違いなことをしている。


 〝僕〟は自分自身の齟齬の中に静止してきた。この齟齬を的確に表現することはかなり困難である。〝喪失感〟や〝空虚〟といった言葉では決定的に不十分であることは間違いないのだ。たとえば、ここで〝現実でありながら現実でない人生〟と言っているが、僕は始めて現実に出会った後の人生と受け止めたい。現在、60年代のアメリカにとってのベトナムのようにティピカルなものは見えにくい。しかし、僕たちはいつかしらひとつの完全な断層を生きざるを得ないのだ。その断層の一点、その出発点にこの作品はあると言ってもいいだろう。


 …恐ろしいほどの濃密な不在感が僕の部屋に漂っていた。僕はその部屋の中に半年間じっと閉じこもっていた。…

 僕は一冊の本も読まなかった。新聞さえ開かなかった。TVも見なければ、ラジオも聞かなかった。誰とも会わなかったし、誰とも話をしなかった。

 僕はただ部屋の床に座って、頭の中に過去を再現し続けていた。半年間それを毎日毎日続けても僕は退屈や倦怠というものをまるで感じなかった。何故なら、僕が体験したその出来事は余りにも巨大であり、余りにも多くの断面を有していたからだ。…僕は全てを隈なく検証した。僕はその出来事を通り抜けたことによってもちろんそれなりのダメージを受けていた。少なくはないダメージだった。多くの血が音もなく流れた。いくつかの痛みは時がたてば消えたが、いくつかの痛みはあとになってやってきた。しかし僕が半年間じっとその部屋に籠り続けていたのは、その傷のためではなかった。僕はただ時間を必要としていただけなのだ。その出来事に関わる全てを具体的に-実際的に-整理し、検証するのに半年と言う時間が必要だったのだ。僕は決して自閉的になっていたり、外的世界をかたくなに拒否したりしていたわけではない。ただ単にそれは時間の問題だった。もう一度自己をきちんと回復し、立て直すための純粋に物理的な時間が僕には必要だったのだ。

 自己を建て直すことの意味と、その後の方向性については考えないようにした。それはまた別の問題だ、と僕は思った。それについてはまたあとで考えればいい。まず第一に平衡性を回復するのだ。


 ここにある言語喪失感を知らない人はさておいて、深度の差はあれ多くの人がそれを感じたことがあるだろう。しかしまた多くの人はその喪失を隠蔽したり、やり過ごす方向に向かっていくことも確かであろう。それは〝個性〟といったある種の観念を通じてなされることもあれば、〝魅力的〟な〝職業〟といった具体的な形でなされることもある。

 ここでは、〝僕〟は自らのゼロにこだわる。断層の一点で許した偽りは拡大し続け、とりかえしのつかないものになることを〝僕〟はすでに知っている。その一点からしか〝僕〟の〝冒険〟は始まらないのだ。

 〝僕〟は〝個性的〟な人々や魅力的な〝職業〟の人々に囲まれて生きている。ある意味では彼自身がそうしたひとりである。俳優・写真家・作家・ジャーナリスト等々。それらの職業を、いや、むしろそれらに意義を付与する〝高度資本主義〟という社会をもう一度裸にしようとする。しかし、全てのものをくすませてしまうようなこの社会は、幾重にも〝僕〟をからめとろうとしている。それをひとつひとつ削ぎ落としてゆこうとすることは、まさに自分自身を削ぎ落とすことになるかもしれない。しかし、今の〝僕〟にとって原則はそう幾つもない。ひとつは生きのびること。ひとつは自らを欺かないこと。


 …何かをみつけては、それをひとつひとつ丁寧におとしめていくんだ。真っ白なものをみつけては、垢だらけにしていくんだ。それを人々は情報と呼ぶ。生活空間の隅から隅まで隙を残さずに底網ですくっていくことを情報の洗練化と呼ぶ。そういうことにうんざりする。自分でやっていて。


 〝僕〟は自分の仕事に一切の幻想を持ち込まない。それは、自分の仕事をおろそかにする口実ではない。事実、〝僕〟は実に丁寧なしごとをし続けている。ただ〝僕〟は認識したいのだ。自分の立っている場所、そこにいる自分の姿。その本当のところを。


 本当の自分という発想こそ幻想だろうか。それならそれでいい。削ぎ落としてしまえばいい。そして、さらにその先を認識したい。本当の自分などありはしない、という主張は今やある問いかけを停止させる程度の力しかない。そんな認識は何ほどのものでもないのだ。

 例えば、五反田君はこのように語る。


 …幸運だったことは認めるよ。でも考えてみたら、僕は何も選んでないような気がする。そして夜中にふと目覚めてそう思うと、僕はたまらなく怖くなるんだ。僕という存在はいったい何処にあるんだろうって。僕という実態はどこにあるんだろう?僕は次々に回ってくる役回りをただただ不足なく演じていただけじゃないかっていう気がする。僕は主体的になにひとつ選択していない。


 〝僕〟も五反田君もまったくのゼロでしかない。マイナスにもなり得ないという意味でのゼロだ。しかし、そこで停止した認識など今やゼロともいえない。彼はまったくのゼロであり、同時に金に不自由せず、何もかもが経費で落ち、社会的にも成功している。いったい、何が欠けているのか。何を自分は求めているのか。それよりも、いったい自分は何処にいるのか。あの断層に向き合った時、僕たちは何ひとつ知らないことに愕然とする。


 …僕は本当に久し振りに心を開いて正直に自分自身について語った。長い時間をかけて、氷を溶かすようにゆっくりと、ひとつひとつ。僕がなんとか自分の生活を維持していること。でも何処にも行けないこと。何処にも行けないままに年をとりつつあること。誰をも真剣に愛せなくなってしまっていること。そういった心の震えを失ってしまったこと。何を求めればいいのかがわからなくなってしまっていること。僕は自分が今関わっている事物に対して自分なりにベストをつくしていることを話した。でもあおれは何の役にもたたないんだ、と僕は言った。自分の体がどんどん固まっていくような気が擦る。体の中心から少しづつ肉体組織がこわばって固まっていくような気がするんだ。


 以前、大江健三郎が自らのエッセイに「厳粛な綱渡り」と名付けたが、僕はこの一節にこそそう呼びかけてみたくなる。ここには、僕たちが躓かずにいられない言葉、表現が満ちている。引き金に手を掛けた刹那の苦しみと、この不透明な、どこまで僕たちを取り囲み、また僕たち自身に浸透しているかもわからぬ、この断層における重圧の苦しみと、その重みに何の違いがあろうか。〝僕〟が過ごした半年間の重みを僕たちもまた背負うことになる。例えば、「いや、自分には目標がある」という主張もあるだろう。しかし、そのような特権化できる立場に、今、僕たちはそうはひかれない。むしろ、五反田君の次のような言葉に向き合ってみたい。


 …必要というのはそういうものじゃない。自然に生まれるものじゃないんだ。それは人為的に作り出されるものなんだ。…誰も必要としていないものが、必要なものとしての幻想を与えられるんだ。簡単だよ。情報をどんどん作っていきゃいいんだ。…ある種の人間はそういうものを手に入れることで差異化が達成されると思ってるんだ。みんなとは違うと思うのさ。そうすることによって結局みんなと同じになっていることに気がつかないんだ。想像力というものが不足しているんだ。そんなものはただの人為的な情報だ。ただの幻想だ。僕はそういうのにとことんうんざりしている。自分自身の生活にうんざりしている。


 この〝必要〟という言葉を何に置き換えてもいいだろう。それは、決して無視できない視点を生むに違いない。そのようにうんざりしている五反田君や〝僕〟は、いったいどちらへ向かおうとしているのだろうか。ふたりは自分自身の生活をただシニカルに嘲っているのではない。削ぎ落とし、削ぎ落とし、その果てに残るものは何か。ふたりはいつしか「友情」という言葉を立て直している自分たちに出会う。そしてまた「愛」までも…。


 しかし、もちろんそれがたやすいはずもない。その困難は、人々が断層そのものをやり過ごした延長に、捨てられている。まるで、何ごともないかのように、日々愛情を巡るドラマがテレビで繰り返される。しかも、時には愛情の危機を装って…。

 五反田君はまさしく〝僕〟の影絵と言っていいだろう。ベトナムでひとりの若者が同じように孤独を抱えた友人の心に決して触れ得なかったように、わずかな距離の、まさしくその無限の遠さを思い知らされたように、〝僕〟は、〝僕〟の影絵に触れ得ない。しかし、その不可能性の上に垣間見たもの、そこにひとつの真実がないとどうして言えようか。今、確かに〝僕〟の心は震え、おそらく五反田君はそれに呼応しただろう。無限の広がりの中での心の高まり、それこそひとつの真実であり、また無残なほどに無力なものである。ふたりがそれを垣間見た刹那、彼がなんとか支えてきた瞬間、自己破壊の時がやってくる。または、お互いを失おうとしたした時、ふたりは最も心震わせたに違いない。

…様々な物が失われていく、と僕は思った。失われ続けている。いつも一人で取り残されてしまう。


 彼は消えてしまった。〝僕〟は虚無に落ちる五反田君をどうすることもできなかった。それどころか、今垣間見た友情が〝僕〟をも奈落に落としかねない。

しかし、〝僕〟はまた真実を垣間見るだろう。長い長い〝ダンス〟の後に、ひとつの言葉を生きることができるかもしれない。断層が決して消えないように、あの奈落が消えることもない。そして、そこで〝僕〟は生きていかねばならない。あのサイゴンで青年がこめかみに銃口を向け、引き金に手を掛けながらしか口にできなかった言葉、そのようにしてしか、言葉を生きられなかった僕たちの隣人。たったひとつの言葉を生きることからはじめること、それもひとつの生の在り方に違いないだろう。


 …なんて言えばいいのかな、と僕はそのまま三分か四分くらい考えた。いろんな言い方がある。様々な可能性があり、表現がある。上手く声が出るだろうか?僕のメッセージは上手く現実の空気を震わすことができるだろうか?いくつかの文句を僕は口の中で呟いてみた。そしてその中からいちばんシンプルなものを選んだ。

「ユミヨシさん、朝だ」と僕は囁いた。

「ダンス・ダンス・ダンス」覚え書き: テキスト

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