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二つのアンデパンダン(抜粋)


 一部の人々にさわがれたが、いまでは、様式の新しさということで、目新しい關心を引くことのできぬ段階に達している。これは海外美術との交流をはじめ、地理的にも歴史的にも視野のひろがつたことと結び付いた現象でもあるが、それよりも大切なことは、そうした視野を持ちながら、作家が自己を再認識し、再發見し、再出發しとうとする自覺の生じたためと見たい。

 その自覺が造形主義の中に、生きる激しさをふきこんで、何らかの生活的、社會的テーマを復活させようとする。そんな、動向が、はつきりめだつてきている。これは、簡單にいつて、内部によつて外部を規制してゆこうとする方法では、現實に間にあわなくなつて、いま一度、外部によつて内部を規制しようとする方法といつてよかろう。社會的事件をテーマにして、それをあからさまに描冩するのではなく、むしろ、身近なものに激しい心をひめて、沈潜した生活感情を表現しようとする。

 これは、造形上の問題としても、また、生活上の問題としても、着實になり、ほんものになつた感がある。ほんものというのは描かれた画と描く作家との關係が正しいということだ。少なくとも、その關係をたゞすという方向にむかうことである。

 そのために、一種の混亂や雑然としたかたちがとられるのはやむをえない。その中から何か出てくることを期待したい。



二つのアンデパンダン(抜粋): テキスト

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