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運慶 無著像


 「山の頂上からおとして、一ヶ所もくだけぬ彫刻」という言葉がある。まるで無著像のためにできたような言葉だ。作者運慶はいうまでもなく鎌倉期を代表する彫刻家だが、この伝説的な名の持主の伝記はよく判らない。確認される作品もすくない。

 無著像は一二〇八年(承元二年)頃、運慶のもっとも円熟した時期の作。

 豪放で彫りの深い、写実的な、この彫像は、一見、見るものをつきはなすところがある。が、落ちつきのある、考え深い形姿を接していくと、厳格で、おもいやりのある公正な思想にふれたようで、見るものにも、ものを考えさせてくれる。多くの日本の芸術は、いわば現実を忘れさせ、夢想の入り口にまで、ぼくたちをはこんでくれるのだが、無著像は、あらためて、現実につれもどし、現実を見る仕方を教えてくれる。つまり、ぼくはこの姿を前にして、鍛えられ、作りなおされる。

 鎌倉期という稀有の動乱時代を誠実に生きぬいた人物の六十年の生涯の厚みが、写実の骨格になっている。興福寺、北円堂。

(美術評論家・明大助教授)


運慶 無著像: テキスト

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