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八大山人「薔魚」

美の美

 いわゆる明末清初(十七世紀中葉)の、特異といえば特異な画家だが、石祷とともに当時の南国を代表するばかりではない。茫漠たる大陸で、五千年にわたるたえざる動乱を生きぬいてきた民族の中に流れる猛烈な生命力が発現した、一つの象徴である。
この魚、ただものではない。
 規矩になずまず、自分の発想を、途中の操作なしに、そのまま、まっすぐ表現にまでもっていっている。その即興性に支えられて、水というものの空間が、すさまじいまでにとらえられている。この空間をとりとめるのが、孤独に耐えて、ひとりおよぐ魚である。この人間臭い魚には、烈烈たる気魄と生への執念がこもっている。
 八大山人、姓は朱、名は耷(とう)。明の皇族といわれる。溝の追及をのがれるために、狂をよそおい、唖をまね、ちまたにさまよい、人酒をあたえれば、酔中に描いたという伝説は多い。八大と山人とをそれぞれつづけて書くため、笑之(これを笑う)とも哭之(これをなく)ともよめる。隠者になりえぬ、無念やるかたなき世俗の執念である。
(明大助教授・美術評論家)

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