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八大山人「花卉」
美の美
八大山人の、人間の生命力への信頼は、どうにもならぬ人間の孤独を知ったものの信念でもあろう。花に心を寄せてうたうなどということではない。花の姿をうつすのでもない。
「歌にもならぬ孤独」に耐え、リアリズムの深淵をみてしまったもののすごさがある。しかも、それを論理化することの嘘を知り尽くしているおそろしさもある。
「所謂規矩万円に拙にして、精研彩絵を鄙しとする者」ということばは、逆にいえば、あらゆる論理化や方法の成立を拒否した態度をさすものだろう。
石涛が八大山人を「書法画法は前人の前、眼は百代より高く古に比無し」と激賞し、「石江山人、八大を称す、往往遊戯す筆墨の外、心奇に跡奇に放浪を観る、筆歌い墨舞い真に三昧」といったのも、この辺をさしているものと思われる。方法を拒否した八大の即興性が、その全人格にささえられ、おそるべき真実を伝えている。
(美術評論家・明大教授)
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