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八大山人「木蘭」
美の美
八大山人のことは、だいぶ前に紹介したが、姓は朱、名は耷(とう)。明の皇族といわれ、清の追及をのがれるために狂をよそおい、唖(おし)をまね、ちまたにさまよったといわれる。
烈々たる気迫と生への執念とはすさまじい。
ところで、八大山人、石涛などの抵抗は、よくいわれるように後ろ向きの抵抗だったということには、ぼくは大きな疑問がある。簡単にいえば芸術にたずさわるものの抵抗は、生きているうちに革命を成就しようという方向はとらぬものだ。もっと深い人間の生命力への信頼感があるはずだ。
明末清初において中国をおおったエネルギーの発散と激突とは非常なものだった。その動乱の中で、人間の生命力を信ずることは困難だったかもしれぬが、同時にまた、それゆえに、信頼感も強くきたえられたにちがいない。
この「木蘭」にも、普通の連帯をたち切って、なおかつ、人間の生命力を信じる壮絶な気迫が感じられる。
(明大教授・美術評論家)
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