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ミケランジェロ「ピエタ」(フィレンツェ本寺)
美の美
これはミケランジェロの七十五歳ごろの作品である。サン・ピエトロ寺の「ピエタ」に、青年の若々しさと、おそれるものもなく、あふれ出す流暢(りゅうちょう)さがあるのとは正反対に、ここでは老年の歳月の厚みが、骨格の強さとなってあらわれ、見るものをひきとめる。
石の抵抗と、主題の悲劇の意味との二つの課題が、彼にはしだいに重くなっていったと思われる。それは深くさぐればさぐるほど、困難になってくる。未完成なのは、いわば個人の手におえぬほど崇高な問題を、遠く見通し、それに到達しようとする信念からだろう。
かつての、青年の流暢さはさまざまな矛盾にぶつかって消え、こんどは、人間の……人生において、最も重要なものがー流暢ということでは処理できぬ、ある実質的なものがあらわれてくる。
成年になれば人間は自分の顔に責任がある、といわれるが、この作品を見ていると、りっぱに自分の運命を受け入れ、責任をはたした人間の姿が感じられる。芸術作品に「思想」ということばを出すのは慎まねばなるまいが、ここでは、もっとも厳格だが、やさしみと思いやりのある公正な思想とでもいうべきものがあらわれている。
(明大教授・美術評論家)
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