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ブランクーシ「アダムとイブ」
美の美
「アダムとイブ」という題がついているが、もはや主題の意味はどうでもよくなっている。というより、意味を求め、解釈しようとする人間の日常的な欲望をはねつける。それはものほしげにすぎるからだ。物はその物の生命をもって存在しているし、そのように存在させねばならぬのだ、と言いたいのだ。一見ボクトツと見えるほど表面の仕上げをしないのは、対象を、機械的操作で処理できぬ、一つの存在者として考えているからだといえる。「じか彫りが彫刻の本当の道である。が、この道は刻み方を知らぬものにとってはもっとも危険な道でもある。そして、結局は、じか彫りであろうと間接彫りであろうと、実は問題ではない。重要なのは作られたものなのだ」と作者はいう。対象は、作者の思想や理念や感情をあらわすための材料ではなく、それを存在させることによって、人間がはじめて存在しうるようになるものだ。そのことを知らぬものを、ブランクーシは「刻み方を知らぬもの」と、はなはだ卒直な言葉でいっているのだ。
(美術評論家・明大助教授)
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