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ピカソ「にわとり」
美の美
ピカソのポケットには、石ろやら紙くずやら木片やら貝殻やら、何が入っているかわからぬという。 路傍でもどこでも、なんとなく見つけた物を入れてしまう。すると、それがピカソに「見出されたオブジェ」になってしまうという。 ポケットだけではない。映画などで見ると、ピカソの家の中がこんなガラクタでいっぱいだ。それをそのおおりにひょっと生かしてしまう。 が、魔法の杖をもっているわけでははあるまいし、神格化してもなるまい。
ピカソが見出してポケットに入れるのは、修練をべた感性と意思によって選んだ行為ではあるが、それだけならば、そう大したことはなかろう。大切なのはポケットから再び取出してそれを作品にまでもってゆくピカソの意思と行為なのだ。
原始芸術とピカソの作品とは似ているが、本質的な相違があると以前いったが、ピカソにとって大事なのは、物神ではなく、作品そのものだということだ。ピカソが作品そのものを提示したことから、やがて、物神像は物神という意味を捨象して、フォルムだけをぽくたちに示すようになったのである。
(美術評論家・明大助教授)
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