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バーバラ・ヘップワーズ「作品」

美の美

 女流彫刻家というものが、なぜめずらしいか?ということになると、ことはめんどうだが、とにかく、彫刻はもっとも男性的な芸術ではないか、とぼくはときどき思う。少なくとも「丸もの」は前後左右いずれからも見られるように作者はあらゆる点から見られひっこんで休みうる舞台裏をもちえぬという状態に、ただ一人でたえねばならない。
 ということは、対象物にも、その孤独をえることをしいることになる。材料の中に埋もれ、眠っている実体をほり出すことは、残酷といえば、残酷なことにちがいない。また、それが「じかぼり」のもつ強さであろう。「堅き石に刻め」ということばもあるように、柔軟な材料は、とともすれば抵抗をしめさず、作者が一方的に規制しうるものになってしまう。が、材料のもつ抵抗がなければ、意思はうちかつべきものを失い、同時に意思そのものも失われる。が、材料のうちに埋もれているものをほり出して、一個の独立した存者たらしむるには、大きな人間の意思がはたらかねばなるまい。
(明大教授・美術評論家)

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