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セザンヌ「静物」

美の美

 この静物画の、中央のリンゴを中心としたダイナミックな動きは、すぐさま立体派の構図を連想させる。というより、イメージがダブってこないだろうか?「自然を円筒体、球体、円すい体として取りあつかうこと」というセザンヌの言葉が、立体派の理論の根拠となったのも当然かもしれない。
 だが、このことが、単に画面上の構成の問題にのみせばめられて受けとられたとき、セザンヌの精神は失われ、構想は俗化したともいえる。セザンヌがいおうとしたのは、人生において、現実に対する態度のことなのだ。すべてのものが――自画像でも、サント・ヴィクトワール山でも、静物でも、石ころでも、すべてが等価で、同じ質量だと言いたかったのである。
 むろんすべてを否定するためではない。生きながら墓に入ったような孤独にたえて、なんとしてでも、すべてを肯定しなければならなくなった人間の言葉である。
(美術評論家・明大助教授)

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