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セザンヌ「セザンヌ夫人」

美の美

 有名な油彩の「セザンヌ夫人」の下絵になったものかもしれない。斜めの顔も、衣装も同じである。一八九〇年ころの制作だろう。
このデッサンでは、黒目をただ黒く塗って、ひとみも光の反映もかいてないが、それがかえって、こちらに強い印象を与えているのだろうか。清潔な魅力をもった習作である。モデルと作者との間に、夫婦としての長年にわたる、さまざまな交流を通してきた愛情がしみ通っているらしい。
 うちあけた話、こういう絵は、この作品にしても、またたとえばルドンのかいたルドン夫人像にしても、こちらにプラトニック・ラブに似た感情をおこさせるから、奇妙である。つまり、ほれこんでしまうのだが、何にほれるのかよくわからぬのだ。モデルにほれるのか、絵にほれるのか、それとも作者にか。
 ただ、こうはいえる―「絶対の孤独」を知った男のきびしさが、やがて、その孤独の不毛地帯から取り出したやさしみが、幸福として画面全体にゆきわたっていて、それがこちらにも伝わってくるのである。
(美術評論家・明大教授)

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