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ゴッホについて

美術手帖

 さきごろゴッホの生誕百年記念という展覧会が催された。小さな会場に複製と文献とが、ところ狭しと並べられている上に、大変な人出である。 ひといきれに印象散漫のまゝ僕は会場を出た。
 絵画の複製は、少しこじつければ、音楽の演奏や文学作品の翻訳と似たもので、いゝ複製でさえあれば、原画の力はかなりしのばれるはずであり、また、多少極端にいえば 複製にしたことで失われるようなものならば、もともとなくてもいゝものだ、といい切ってしまいたいくらいに僕はかねがね思っている。それに、この展覧会に並べられた複製は、おそらく現在最高級のものなのだろう。だが、しかし、こう沢山めじろおしにならべられてはいたし方ないー画はやはり一人で一つずつ静かに見るものだという感慨をいだかざるをえない。ひとりで画に対坐することによって、その画を通して、逆に多くの人々とつながる紐帯をうるのだろうーことに、ゴッホのような孤独な作家の場合には。
 その後、二、三の友人とこの展覧会のことを話したことがあったが、そのとき、会場の雰囲気や人出の印象だけが話題になり、ゴッホそのものについては、ついに一口も話が出ぬという珍妙なことになった。いまさらゴッホを語りあうまでもなく、互に胸に秘めて、感動をそれぞれやしなっているからでもあろうが、しかし、それにしても、これはいさゝか奇妙である。
 Aはこんなことをいった、―もっとも孤独で非大衆的だった画家がもっとも大衆的になった。ゴッホの生命力が画の中に生きていて、これだけの文献を出させ、人々をこんなに集めるのかもしれな文献の多いことではデューラーとどうだろう、云々。
 Bはこんな風にいったーあの蝟集する見物人の中で、僕は憤りを感じた。この群衆はかってゴッホの生存中、ゴッホを迫害した俗衆とまったく同じものだ。貴様らが殺したんだ、とどなりたくなった・・・もっとも、自分があまりよく見られなかったので不機嫌になったせいかもしれないがね、云々。
 Cはこういったー会場には入らなかった。文献や複製の五目そばみないな並べ方や、人出には、ワイザッなものを感じて、入口でのぞいただけでひきかえした。云々。
 どうも妙な具合だった。が、こんな意見も、そのうしろに、それぞれのゴッホ像をひかえての発言と思えるので、この辺のことから少々考えて見よう。

 画家の生命力が画に集中的に定着され、それが後世の人をも感動させるーこの芸術上の重大な、かっ危険な、秘密は最後まで解決が保留さるべきであろう。というのは、最初にうけた感動が多くの迂路を通ったのち、はじめて自分なりに秘密が理解されるからだ。生まれたばかりではぜえ弱な感動は、困難な障碍をぶっつけ、複雑な迂路を通すという精神の政治学に支えられてのみ、不動のものとなりうる。あまりに早く。この秘密を表白してはウワゴトになりかねない。
 ゴッホの画からうける感動について、いったいこれでいゝのか、と疑った人がいた。炎と燃え上って、あまり直接に迫ってくる感動は混乱を起させて不当ではないか、というのである。最初の感動に対して、こういう慎重な態度が、現在ほど必要なときはないと僕は思っている。 ばくたちをとりまく暗澹とした四周の中で、激烈な身ぶりや言説を眼のあたりにしては、何らかの感動のおこるのを阻止できないが、本当は、激烈な身ぶりや言説に対して、過度の感動をつゝしむところに芸術が生れるのだ。
 だが、ゴッホの画には感動の混乱は少しもない。炎と燃え上るこの人物は、同時に、氷をもみつめていたのだ。いいかえれば、混乱するほど激しい内外の闘争が画面では完全に整理されている。
 たとえば、「アルルの庭」を見ていたゞきたい。華かな色彩の饗宴には、プリズムにとらえられぬX光線のひやゝかさがある。また、晩年の自画像では、― たとえば、宇宙の圓環運動のように激しく深く重厚な背景を、丁度聖者が光背を負うように背負って、その中心から、こちらに迫ってくる凄愴な姿にしても、あるいは、青い火焔を背景にした青不動のような姿にしてもーその流動感はすでに灼熱をこえて白熱の状態である。燃え上る情熱は、宇宙のつめたさを見のがしてはいない。
 宇宙のつめたさ、などといっても笑ってはいけない。有名な「星月夜」の宇宙が動いているような神秘感は、宇宙のたゞ中にひとりいる孤独感であり、また、自已の小さな穀がやぶれて、自己の生命が無限に拡充され、ついに宇宙の創造力と合体する感情である。こゝでは激しい動きが、そのまゝ悲劇的な清澄にまで昇華される。透明な、壮大な宇宙感覚である。そして、 この感情は彼の晩年の作品には常に凝縮されている。
 だが、これは狂気のゆえではない。むしろ、明確な意識である。彼は自分の顔を狂人の顔といったにしても、こんな狂人はいない。あえてたとえれば、彼の顔は犯罪者の顔だと僕はいったことがある。「囚人の運動」の中で円運動をやっている囚人たちは、すべて彼自身の自画像にちがいない。いや、晩年の彼の顔は彼らの誰よりも重罪人の顔、死刑囚の顔である。われとわが身に死刑を科した「死刑囚にして死刑執行人」―これは、意識の明確さの最高限であろう。
 こうした意識が、受けた苦悩と表現との間に断じて不正や欺瞞を許さぬ公正と誠実を生む。求めてやまぬ激しい精神は、自己内部にむかうという閉鎖的な方向をとらず、 つねに外部と闘争し、たえず困憊しながら、その情熱はいったん画に定着されゝば少しの混乱もなくなる。
 「最高の画は頭脳でかく」というドラクロワの言葉を自分の言葉にしたとき、ゴッホの意味した頭脳(ゝゝ)とは、この公正な責任をはたす機能のことだった。単なる構成上の問題や技術上の問題ではない。頭脳(ゝゝ)といふ言葉の重大な意味をこゝまで回復した彼の敏感さこそ、もっとも男性的な明晰な感性を示している。苦悩と表現との間にいさゝかでも不正が介入すれば、画はナマクラになる。ナマクラとは生命に対する不誠実という事である。

 こんな生命力が画を媒体として見るものに伝わるのはたしかである。しかし、彼の求めたものは「孤独者の社会連帯(ソリダリテ)」だった。「星月夜」の星はそれぞれ孤独でありながら、孤独のまゝに、たがいに連帯関係をもちつゝ壮大に動く。そして、星は宇宙そのものゝ力以外何の支えもなく、いわば相対関係そのものが全体として絶対的な場となって、その軌道をあやまらぬが、それと同じように、彼の激しい情熱も孤独なまゝに宇宙の生命力に抱含されて、方向を決してあやまらぬ。「人間の顔を星のように神秘的にかゞやかせる」といったとき、彼の想定し、表現した人間の孤独は、このような関係であった。
 だから、BやCの意見のように、蝟集する群衆に対して憤りを感じるのは、ある意味では正しい。群衆心理や集団的情念に対して断呼として闘ったゴッホのまわりに、今度は逆に、集団ができあがることは、たえがたいことかもしれない。が、こゝにもまた、あらゆる古典を見るときの危険がひそんでいる。憤りが憤りのまゝにおわったり、民衆への軽蔑にすりかえられてしまっては、全く不毛だからである。ゴッホへの感動が、民衆をにくむことにおわるだけならば、―たとえ、その憎しみがゴッホを迫害した無理解な俗衆に対してであってもー妙な特権意識として根性がまがるか、それとも、単なる英雄崇拝や判官びいきの感傷に堕してしまう。
 最も美しかるべきものを、大げさな、あるいはいゝ加減な言葉でほめられたとき、その言葉に不潔を感じて憤る怒りは神聖である。だが、自分の大事なゴッホをそう簡単に理解されたり、熱中されたりしてたまるものか、という情念は、独占的、悲 特権的、優越意識である。注意すべきは、この両者は雲泥の差がありながら、外見的にはほとんど紙一重の様子をとることである。
 それに、僕は思うのだがー僕自身、もし、ゴッホの生存中に生きていたならば、ゴッホを迫害した本人にならぬとは保証できないのである。問題は過去の民衆―おのぞみなら俗衆といってもいいーに対して怒るよりも、現在、僕たちが、その一人である民衆の中で、再びこんな過誤を犯すまいとすることであろう。過去の民衆への怒りは、そのまゝでは、現在の民衆への軽蔑につながる。
 大事なのは過去ではない。いつでも現在である。ゴッホを見て感動することが、ひるがえって現在の画に責任をもつ、ということにならなければ、ゴッホに感動したといったところで、果たして何に感動したのか分からぬのである。かつてゴッホが苦闘したように、現在苦闘している人間のいることを認めること、―そして、いさゝか乱暴な言いかただが、現在の画家のためには、あえてゴッホすら捨てさる勇気をもつことーそれ以外にゴッホを理解する道はない、といい切ってしまいたい。遺産はつねに変身によってのみうけつがれる。そうでなければ、古典はついに骨董になる。
 だが、ことわっておくが、民衆とはいつも無理解で、冷酷なものなのだということを最初に認めておかねばならない。過誤を犯すまいといくら言ったところで過誤を犯すものなのだ。つまり、僕自身何かをいえば、かならず、まちがったことしかいえないのだ。
 作品はいったん完成されて作者の手をはなれたら、こういう無理解にとりまかれて、それ自身の社会的経歴をもちはじめ、見るものゝ勝手な理解の対象にされる。ユートピアなどというバカげたシロモノが出現すればともかく、このことはどんな社会組織のもとにおいても同じである。作者とすれば、作品完成の幸福は、たゞちに、無理解への無念に通じるのだ。だからこそ「孤独者の社会連帯」を求めるのだが、しかし、この欲求は民衆をもっとも尊重する一方法である。なぜといえば、誰の手にもおえぬ民衆だからこそ、民衆は信頼しうるのである。どんな個人といえども、その力は民衆全体を規制しうるほど大きくはない。 一個人の表現が民衆全体に理解されるなどということは金輪際ありえない。ユートピアとは、一個人が全人類を規制しようとする情念から生れるといっていゝ。
 ところで、ガッシェはゴッホを評して「殉教の域に達した信仰」といった。厳密な意味において、この評は正しい。が、しかし、殉教という言葉には警戒がいる。この美しい言葉や行為は、いきなり、僕たちを参らせるものがあるからだ。
 いったい、多くの場合、殉教という行為には、美しさよりも、グロテスクなものを僕は感じるのである。虐殺されることを、むしろ、よろこぶ情念には、死を代償として神に御褒美をねだる毒々しさがある。こゝでは、もっとも美しく、壮絶なかたちをとりながら、人間の情念のむごたらしさが露呈される。迫害する方のむごたらしさのみではない。迫害された人間の方が、かえって残忍な場合がある。自分が死を代償として正当化され、自分を迫害したものどもが千年ののちに地獄の責苦をうけると信ずるのは、あくまでも陰惨な復讐的情念である。自分の生命を捨てることによって、あらゆるものゝ生命を枯らそうとする。その上、御褒美をくれる神として、自分の方から神を規制すれば、神は自分の規制しえぬ大存在ではなく、自分が望むように規制しうる自分より小さな存在になってしまう。これは、混乱した情念が、殉教に名をかりた盲目的瀆だ。
 ゴッホは祈るかわりに描いたのである。いいかえれば、祈る自己を神の前に呈示したり、それによって、自己を客体として認めたりして、そこに安心感をもとめるというようなことをせすに、祈る心が描いたのだ。多くの殉教者たちが情念の規制しうる神を想定し、自己閉鎖的に祈るのとちがって、ゴッホはつねに自己を規制してくる大存在の前に、おのが身をなげすてゝ、画という外部なるものに、自己の生命をたくしている。豊かな、明晰な、立派な殉教である。
 「僕は一つの仕事に生涯を賭けたが、その仕事のために、僕の理性は半分めちゃめちゃになってしまった」ーと、彼はテオにあてた遺言でいっている。自己を描くという行為のうちになげこんだのは「暗夜の命令」であったが、「人間の顔を星のように神秘的にかヾやかせた」のは、明確な理性の命令である。

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