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現代芸術と宗教─ある奇妙な関係─

英語青年

 イギリスの美術──美術にかぎらず、文学をふくめて芸術一般──が、20 世紀の中ごろから宗教的なニュアンスを濃くもっている・・・・・・というのがぼくのかねてからの感じ方だし、そのことは、もうだいぶ前に本誌にも、また他のところにも折にふれて書いてきたが、いくら書いても、書き切れた気がしない。もっとも、こういう関係は、はらいきれぬ借金を負ったようなもので、書き切れぬところに意味があるのかもしれない。
 この問題を整理するには、さしあたって、大ざっぱにいって二つの観点が考えられる。 一つは、20世紀におけるここ数十年の歴史的必然性という観点、(むろん、その背後には長い歴史があるが)、 いま一つは、ぼくの中世──ルネサンス──近世──近代―─現代にわたるヨーロッパ美術史の見方にかかっている。
 前者の場合はどちらかといえば図式的に一応分析できるようだが、後者の場合はなかなかうまくいかない。 ぼく個人の判断──あるいは独断的偏見──つまり、 現在に生きるものとしての掣肘をうけ、 しかもそれを出発点とした見方によっているからだ。 両者は不可分に結びついているとはいうものの、ぼく自身としては後者に重点をおかざるをえない。 (独断的偏見の一例をいえば、ヨーロッパの美術を見るかぎり、 ぼく自身は、キリスト教徒ではないにもかかわらず、あるいは、 それゆえに、キリスト教と多少とも関係のない作品には、 あまり興味をひかれない。いわゆる宗教美術だけに興味をひかれるというわけではない。 テーマは宗教と関係がなくとも、その背後にキリスト教文明圏とでもいうべきものが感じられる場合があるし、近世以後のヨーロッパ美術のすぐれた作品は、多くはそういうものかもしれない。 逆にいえば、キリスト教と交わる以前の古代ギリシア、古代ローマの美術を、ヨーロッパ美術圏に入れるのには躊躇する。古代ギリシアのすぐれた彫刻は、別の文明圏の所産である。)
 前者、つまり20世紀前半の歴史的必然性を図式的に解説するのは比較的容易であろう。 20世紀的特徴がいつからはじまるかを明確にいうことはできないが、少くとも、第一次大戦を契機として20世紀の性格が特徴的にあらわれるという通説はそのままうけとっていいと思われる。むろん、 それ以前に、後期印象派、フォーヴィスム、キュビスム、未来派、その他の前駆的役割を度外視するわけにはいかぬが、 ともあれ、 それらの運動がイズムの氾濫としてヨーロッパ中を蔽って、何重にも重なりあってひろがったのは第一次大戦を契機としている。1920年代は、 さまざまな芸術運動が、 芸術プロパーの問題として進展する。 例外はあるが、 図式的に現象面を見れば、そういってさしつかえあるまい。 これを巨視的に見れば、 ルネサンス以後近世の進歩主義的合理主義への批判として、もう一つの別のシステムを求める模索の季節であった。 そして、その模索の自発的ないし主体的努力という点に重点をおけば、 イズムの氾濫をきたして20年代よりも、第一次大戦前の芸術家の努力にむしろ大きな比重がかかってくる。 20年代の芸術運動は、それ以前の個々の芸術家の、 ひきこもった場における集中的な努力のセキュラリゼーションあるいは拡散化だともいえる。
 1930年代になると、経済恐慌と結びついて、──そして、それ以上に、第二次大戦前夜として──政治的季節がはじまる。 ナチスの弾圧、 ソヴィエトの粛正、 そしてスペインの内乱・・・・・・ここでは芸術と政治とのかかわりあいが──肯定的にもまた消極面においても──おこる。さまざまな原因があるにしても、 芸術プロパーの問題として考えた場合、20年代の芸術運動が一つのセキュラリゼーションである以上、 それも当然のことかもしれない。 社会主義リアリズムがかなりの勢力をもってあらわれるのは当然であろう。 そして、その反動として、宗教への復帰がかなりの勇気をもって主張される。
 が異口同音に宗教への復帰といっても、 A・ハックスリのいう通り、さまざまで、この複雑な事態の中で、手放しで神をもちだしたのでは、 むかしの 「第一原因」とあまりかわらぬ過度の単純化になってしまう。 複雑な事態だからこそ、首尾一貫させるメドを求め、 それを支点として単純化しようとする衝動がおきるのは当然だし、 それは正当なのだが、 さてそれが過度におこなはれると、人間としての無責任の状況が生ずる。 その典型的な例が 「第一原因」 だが、 これは過去のものだとばかりかたづけるわけにはいかない。 たとえば、 ウェドレを読んで、途中までは説得されるが、 神が出てくると、とたんにすべてが解決され、「第一原因」と全く類似する。30年代における宗教への復帰の主張は、少くとも20年代からひきつづく芸術のセキュラリゼーションへの反として、ひきこもった場における努力への集中化という意図が、たとえ無意識にせよ、 存在する場合にかぎって正当なものにちがいない。
 第二次大戦をへて 20世紀の中ごろになると、それまで、どちらかといえば消極面において、 あるいは潜在的に宗教と結びついていた芸術が、かなり明瞭なすがたをとってあらわれてくる。──が、その結びつきは、過去における結びつき方とはおのずとちがったかたちをとることになる。
と、ここまではそれで一応よかろう。 過度の単純化の危険はあっても、 図式的説明は一応成立しそうである。が、ここから先は、 ぼくにとって、 自分の独断的偏見が大きな比重をもってあらわれてこざるをえない。
中世──ルネサンス──近世──近代──現代にわたるヨーロッパ美術の一つの分岐点に、レオナルド・ダ・ヴィンチの姿が大きくあらわれる。
 レオナルドによる透視図法的遠近法の発明あるいは完成といわれるものと、 それが成立する条件については、以前、 本誌で、ヘンリムアを述べたとき書いたので、くりかえすまい。 ただ、 くり返して強調しておきたいのは、レオナルドにとって、 透視図法は完結されていないところに、むしろ最大の価値があるにもかかわらず、 それ以後においては、完成されたもの、完結されたものとして、いいかえれば、疑うべからざる公理として、無条件にそれがうけとられてしまったところに重大な過誤がある。 すでにラファエロにおいてそうだったし、 それ以後は、ラファエロにほとんど絶対的な信をおいてしまっている。 微妙な変化はありながら、ごく少数の例外をのぞいて、大勢としてはそうであった。
 透視図法の成立する条件と近世の進歩主義的合理主義の成立する条件とは、ほとんどぴったり一致するし、それに関連して、 個人の確立と匿名の生命との問題が微妙にからみあってくる。 (レオナルドにおいて個人の確立の萌芽があると普通いわれるが、 彼自身の絵画論を読むかぎり、彼自身は普通いわれる意味での個人の確立を意識してはいない。 彼の言葉の背後を読みとるかぎり、絵画の独立への意欲は、オブセッシヴとさえ思えるほどで、それが人間の独立への意欲につながっているにしても、それがただちに個人の確立につながるとは思えない。 むしろ、 個人の確立ということと、 匿名の生命として生きることとの接点に、 彼の苦悩がある、とは、 多少譲歩していえるかもしれない。)
 透視図法の成立する条件と近世の進歩主義的合理主義の成立する条件とが一致することは、いいかえれば、 芸術のセキュラリゼーションないし拡散化としてとらえることができるかもしれない。 レオナルドにおいては終世到達不能だった問題が、いつの間にか到達可能な問題におきかえられてしまっているのである。
こういう公理に挑戦したのは20世紀になってからであろうし、それがまた、20世紀前半の特徴でもあろう。そして、中世から近代にいたる美術史の中で、 それまでは例外的とされていた芸術家が再発見され、むしろ、 そちらの方に正統性があることが容認されることになる。
 この正統なものが追求したものは、一口でいえば「可能性の現実」である。つまり、可能性の現実という言語撞着する解決不能な問題である。 可能性はあくまでも可能性にすぎない。 少くとも、それは、現実においては現実化することができないことなのだ。
 ここらあたりで、芸術がふたたび、──というより、もっとも新しい意味で──宗教のもっとも重要な核心に関連するように思われる。
 紙数がつきるので、急いでいおう、──世界宗教となりうるもの、一種族、 一民族をこえて異民族の文化を蔽いうるにたる宗教──いいかえれば、異質の文明圏を包んで世界を解明しうる宗教──は唯一神教か汎神論かであろうが──端的にいえば、 キリスト教か仏教であろうが、これはいづれも、現世において絶対に現実化の不可能なことを要求する。 唯一神教のとくところは、 すべてのものは神の子等であり、 汎神論のとくところは、いわゆる即身成仏である。 が、 いづれにせよ、 それは可能性があるということであって、そのままで肯定的に認められているわけではない。 人は神の子になりうる可能性があり、仏になりうる可能性があるというまでのことで、その可能性の実現は、どれほどの努力をもってしても、永久に不可能なのだ。 だから努力しなくともいいというのではなく、だからこそ、あたりかぎりの努力をしなければならぬ、とムチャなことをいう。「可能性の現実」の追求とは、いわば、こういうことにちがいない。 (日本の神道では、この 「神の子」 あるいは 「即身成仏」が奇妙に現世的な問題にすりかえられる。 ある場合には全く無邪気に、 ある場合にはまことに手ぎわよく、 また、ある場合にはおどろくべきすばやさで、あっという間にすりかえられる。 そして、 すりかえられたことに気づかぬほど、 その手ぎわはあざやかなのだ。これはひとごとではない。)
 ここで、もう一度、念のために、 芸術が新しい意味で宗教のもっとも重要な核心に関連するといったことについて、ふれておこう。 現代において、 芸術家が公認の宗教への回心を表明することは、 芸術作品を生む以上、多少とも、 免罪符をうけたことになると思われる。 その意味では、T・S・エリオットですら、ぼくには多少疑わしいふしが感じられる。 彼が、 20世紀で とびぬけて大きな存在であることを充分認めた上で、なおかつ、ぼくは、そう思わざるをえない。 思い切っていえば、宗教をもち出したエリオットよりも、宗教をもち出さなかった「モナ・リザ」の方が宗教的なのだ。「モナ・リサ」が未完成でありながら完璧な作品であるというところに、個人の確立の萌芽を見るか、 それとも、匿名の生命への信頼を見るか、 微妙なアヤのあるところだ。 個人の確立の意識があからさまに主張されたときには、 人類全体を蔽う文化は衰退期をむかえるともいえる。 といって、匿名の生命への信頼のうちに、 個人の独立への意志が、無意識のうちに存在しなければ、 人類全体を蔽う文化は成立しえない。 この矛盾は、人間の覚悟のうちに存在する不思議なのだ。 (ここであえて、 世界公認の「モナ・リザ」をもち出したのは、あまりほめられすぎて、 手あかのついた作品を洗いなおそうと思うからだ。)

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