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現代作家小論 藤井令太郎

美術手帖

 先だって、東京新聞に春陽会の展評をしたとき、藤井令太郎の「アッカドの椅子」について、ぼくはこう書いた――
 「ここ数年執拗にとりくんで、だんだん意図が明確になってきた。人間のネガティヴなかたちとしてのイスが、この作品では、一応ポジティヴになっている。人体のようなイスとイスのような人体とが、たがいに孤独でありながら、対話するドラマ風の空間ができてきた。もっとも左下のすみあたりの筆触は、いわば時間切れで、やむなく描いたようで気になるが。」
 ところで、たまたま同じ日に出た「週刊サンケイ」をめくっていたら、針生一郎が展評をやっていてこう書いている、――
 「藤井令太郎は椅子を擬人化したり、人物を物質化したりして、寓意的なものをつよめているが、造形的には弱くなったようだ。」
 おもしろいことに、意見が逆になった。つまり、ぼくとしては、この作品は、イスを擬人化するような寓意的なものがおもてだたなくなり、造形的には、昨年あたりよりも、強くなった、と思ったのである。(擬人化、寓意的、造形的などという言葉は、元米アイマイな言葉だが、針生は、もっとも常識的、通有的な意味で使っていると思われるので、ぼくも、ここでは一応針生のいう意味で、つかっておく。 なお、ぼくが「人体のようなイスとイスのような人体と」といったのは、常識的な意味で擬人化といったのでは、誤解を生すると思ったので、こんないいまわしをしたわけである)。
 もっとも、ぼくはここで、針生と論争するつもりはない。
 造形的に強くなった、というのは、自分自身の言葉をようやくつかみかけてきたということである。あるいは、いいなおせば……そう、ぼくは同じ展評で、春陽会も回を重ね、人間ならば、誰やらもいったように、そろそろ、自分の顔に責任をもつべき年令になったはずだ、と書いたが、自分の顔に責任をもつこと、つまり、自分の責任において表現がおこなわれるということである。人はそれぞれ出生はちがうし、環境もちがうし、歩んだ道もちがうが、そうしたさまざまの経験を、現在、すべてゴマカシなくうけいれ、そこを出発点として現在に対そうと意欲することだといってもいい。いや、それがそのまま造形の強さだとはいわぬが、少くとも、そこから出発しないと、造形の強さは出てこない。
 「もっとも左下のすみあたりの筆触は、いわば時間切れで、やむなく描いたようで、気になるが。」といったのは、なにも、重箱のすみならぬ画面のすみをヨウジでほじくるまねをしたつもりではない。画面はあらゆる部分が有機的に結びついたもので、部分的な訂正はきかぬものだ。この部分が気になるだけ、空間がだいたい、しまってきたことなのだ。が、しかし、時間切れで、やむなく描くときには、作者自身の規制しえぬ無意識なものが思いがけず出るもので、そこが気にかかるということになると、それだけ作品として不確かなものなのだし、そこをついてゆけば、たしかに造形的には弱いといってもいいが、針生がそういうとき、その文章の調子から見て、そこまで残酷な眼をむけているようにも思えなかった。
 (ここで論争するつもりはないといったが、作品における造形性とか、寓意性とか、たいへんむつかしい問題についてなら、論争でも話合いでもしてみたいと思う。ただ、ここでは、ぼくとは逆の意見もあることをあげておくだけである。)

 ところで、一昨年ぼくは本誌(六月号)に藤井令太郎訪問記をかいているので、自分の文章でまたまた恐縮だが、引用しておく。――
 「そのイスたるや近代的デザインのではない、古色ソウゼンたるイスである。これが立ったり、横になったり、こわれたり、おどったり……おどりだすのは人がねしずまった夜にきまっている。夜ヨナカ、人の気配が目に見えなくなると、ひるまは人間のしりにしかれていたイスが人間の気配をすいこんで、うごきだし、対話をかわす。 ひるまの人間の動きや会話は、いまの世の中では、コンチワ、サヨナラのアイサツやら、社交的な笑いやら、機械的な常套ばかりだから、人間の人間たるところは、しりからぬけて、いつのまにか椅子がすっかり頂戴するというシクミになる。夜半に、その人間の魂が原初に生きかえって、対話し、うごき、……だから、ドラマになってゆく。」
 「そういえばこのごろのイスの画には、そんなドラマがある。みんな室の隅のようなところがかかれていて、閉鎖し、舞台のすみみたいでもあり、また、何となく夜の閉鎖みたいでもある…… (中略)」
「この人の絵に、知性的なひらめきのあるのも、羞恥心のためだろう。知性を支えるものは知識ではなく、羞恥心である……だがおもいきって、この羞恥心をやぶって、ドラマを白昼に出してもらえぬものか?室の隅がある間は、つまり、この隅がやぶれぬ間は、ドラマの中に、物語り的な説明が入っているのではあるまいか?」
この当時の作品「ひとつの椅子」「白い椅子」(一九五五年)などは、狭い密室のように鎖された部屋の一つの壁をはずして、観衆に見せるという、例の演劇上の説明的リアリズムに似たところがあった。普通の部屋でなく、密室に似るのは、たぶん、羞恥心のためなのだ。そしてそれだけに余計、イスとイスの関係、イスと周囲との関係に説明的な要素が多分にあった。今年の「アッカドの椅子」につながると思われる「ふたつの椅子」でも、やはり、そうだった。
 イスという人間の生活に、もっとも密着したもの(少くともヨーロッパではそうだ)によせる、人間の感情から、イスというモチーフは、むかしからずいぶん、描かれているし、日本でも、戦後、ロルジュ、ミノー、ビュッフェあたりから刺されて、類似のイスがかなりかかれている。が、多くは、既成の概念または感情(感情にも既成の感情があることに御注意されたい)に、大事なところをまかせている。藤井のイスは、そうしたものとはちがって、ともかくも、自分で発見し、再発見しようとしている。が、それにもかかわらず、イスのおかれる「場」に、いわゆる文学的な(イヤな言葉だが)説明的な、既成の概念がつきまとっていた。つまり、まだ、本格的には、自分の言葉ではなかったのである。
 だから、この室の隅のようなところをとり去ってもらいたい、それでも、イスが絵画空間の中で、間がもてれば、そのとき、はじめて、説明ではなく、表現になりうるはずだ、といいたかったのである。
 昨年あたりから、この説明的な部屋の隅をふっきろうと努力していた様子がうかがえた。が、ここで藤井のためにも、ぼくのためにも、あるいはもっと大きくいって、画家と批評家の立場のためにもちょっと断っておくが、ぼくが部屋の隅をとりさってもらいたいといったからといって、藤井がそのままそれにしたがったわけではないのである。藤井自身の造形上の問題として必然的にそうなったはずである。というのは、ぼくが隅を気にしたのは、藤井の絵にこの隅のない方がいいと感じさせるものがあったわけだし、藤井自身が当然無意識にしろ、その絵の完成と同時に、その問題を見出していたにちがいないからだ。こんな点では作者と見るものとは何となく共通するものだし、また、そういってよければ、作者と見るものとは、作品の共作者である。
 が、昨年のイスは端的にいって、間がもててなかった。身ぶりや説明的な要素を拒否し、自分の言葉を暗中模索する道程であろう、混乱していた。数年前、藤井がイスをかきはじめたころも、つまりこのモチーフを見つけたころも、イシュクしていた。が昨年の転換期は、同じイスという題材をあつかいながら、別のものを求めようとするだけに、イスに眼をつけはじめたころよりも、もっとむつかしい地点にあったように思われた。
 今年の「アッカドの椅子」はそうした混乱から、ようやく脱け 出した、あるいは、脱け出す手がかりを得たように思われる。 とにかく、イスはおどりもしないし、身ぶりもしない。ちゃんとすわっている。孤独でありながら、いわば「対話」によって、たがいに結びつく場を持とうとしている。こんな孤独と対話とを明確にするところから、実はドラマがはじまるといっていいし、造形ということもはじまるのであろう。
 さて、イスの擬人化ということだが・・・・・・
 現代では、人間を直接人間のかたちではどうもかきにくい、というところがある。むろん、人間は、いつでも人間にとって、もっとも興味のある、関心をもたせられる対象である。対象であるだけではない。主体でもある。そして、主体と対象との関係がいよいよ複雑になれば、人間をそのまま対象として描くわけにはいかなくなるものだ。人間の意識が、そして、人間の存在ということが、それだけ複雑になってきたわけである。
人間はだいたい誰でも同じかたちをし、動作の上でも心理の上でも同じような動きをするから、何となく類推がきいてしまう。しかし、実際は、類推がきき、それによりかかるために、人間が眼前にくると、逆にわけのわからぬものになる。半透明なヤッカイなシロモノである。
 動物とか虫とか魚とかは、人間の側からは、かたちの上でも心理上でも、まったく類推がきかぬようにできている。虫や魚に心理があるかどうかも分らぬ。わけの分らぬところで首尾一貫して生きている。つまり、人間とは全く断絶したところで生きているのだ。が、その断絶したところをトッコにとらえて、逆手をつかえば、案外、ある分りよさがでてくるらしい。寓意がもっともうまくいくのは、どうもこの辺をこころえたときらしい。
が、イスというものは、何となく人間の気配がある。人間の半透明性を、何となく、気配としてもっているイスは、いわば、中間的な存在である。だから、擬人化もやりよいかもしれぬ。だが、ちょっとまっていただきたい。やりよいところで、擬人化をすると・・・・・・いや、これからさきはいうまでのことはなかろう。
 一九五四年作の「不幸な椅子」、「椅子と影」などは、擬人化したバレーを見るようなおもしろさはあった。バレーをおどるようなイス、ライトがあたって影ができ、動きにつれて、光と影とがたわむれる。バレーは人間の踊り子が人形になったり、白鳥になったりするのだが、ここでは、その逆手をいったようである。が、絵画としての強さではなかったはずである。
 人間をネガティヴなかたちで描きたい、と藤井はいつかいっていたが、ネガティヴなものはネガティヴなかたちでは表現しえぬものなのだ。ネガティヴなものは、造形という行為を通して、結局は、ポジティヴなものに転換されたとき、はじめて存在しうるにちがいない。それが造形的な強さというものであろう。
 トランプでマイナスの札を全部あつめると、プラス・マイナスが逆転する遊びがあるが、人生もそんな具合にいかぬものか、と誰やらもいっていたが、どうも人生はそううまくはいかぬらしいが、作品を成立させる契機は案外、そんなところにひそんでいるかもしれない。「アッカドの椅子」では、とにもかくにも、ネガティヴなものが、ポジティヴなものに転換されていた。いいかえれば、擬人化などというものではなくなったのである。
(美術評論家)

藤井令太郎氏略歴 一九一三年・長野生 一九三七年・帝国美術学校卒。在学中同
志と「JAN」結成 一九五三年・春陽会初出品、会賞を受く 一九五四年・春陽会々員

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