現代作家小論 小山田二郎
美術手帖
小山田二郎の水彩画には、もともと、グロテスクなものが軽みをもって出ていて、いいものがある。人間の本性の中にあるグロテスクで残忍な情念や、社会機構そのものがもつグロテスクで残忍なメカニズム……そして、それらがたがいにまじりあい、たがいに強調しあって、いよいよ奇怪至極になるもの……に対して、こちらも、残忍な眼でみかえし、相手をとらえようとする諷刺的な要素が一方にあり、同時に、それをこえた、ほとんど一瞬の光茫とでもいいたい幻想の美を夢み、定着しようとする願望がある。この二つが支えあうと、一種の軽みが出てくる。
先だってのタケミヤの個展でも「夜の花」「花火」など、そうした得がたい資質を感じさせた。たとえば、人間の肉体が、全体として、鍛えられれば鍛えられるほど、ぜい肉がとれてゆくように、こうした水彩画では、塗れば塗るだけ透明になっているといった具合。孤独な時間に、ひとしれず努力を重ねることが、結果として、画面全体に透明感を出してくるようだった。(水彩画がみないいというわけではない。)
油彩画でも、一九五四年の「舞踏」など、それ自体としては決して成功とはいえぬにしても、開放的な方向にむかうかと思われていたのだが、最近の団体展に出品した作品 「ピエタ」「聖者」「愛」など、変にいじけた感じをうけた。水彩の場合には、充分に行われる発想から表現にいたる手つゞきが、油彩の場合にはとられていないのではあるまいか……といってしまえば、あまり簡単すぎるかもしれぬが、いまの小山田にとって、この手つゞきがもっとも重大な問題であり、おそらく、小山田の盲点になっているのではあるまいか、とぼくには思われる。
この手つゞきが、どこか大事なところで省略されるために、現代の時代的な不安や揺れと、個人的な――ときには、あまりにも個人的な――不安や揺れとが不明確なまゝでまじりあい、それが閉鎖的な方向にむいているのではないか?むろん、時代の不安や揺れと個人の不安や揺れとの間に、明確な線をひくことは誰にしたってできるわけはないが、少くとも、明確を求める何らかの努力によって、たえず、外部と接触し、成長ということをするのではないか?その点、小山田の油彩画は、逆手を、しかも、心理的な傾向から、かなり手軽に、やっているのではないか……どうもそんな気がする。自分の心理状態の方に相手をひきつけすぎるために、諷刺的にものを見かえそうとする方向と、幻想の美を求める方向とが、うらはらになり、支えあわない。
「舞踏」の方向をいますぐ出してもらいたいとか、その方向にもっと展開を求めたいなどと、バカげたことをぼくはいうのではない。「舞踏」の方向をいま展開するのは、小山田にとって、自己の必然性とか、わりがなく、作者にとって、ウソになることは、作者自身百も承知しているにちがいない。が、それならば、はなはだ残酷ないい方をすれば、「ピエタ」などの諷刺的な方向もまた、作者にとって、ウソなのである。ことわっておくが、ぼくが残酷なのではない。芸術というものが残酷なのである。ナマ半可な画家には、芸術は残酷ではないが、懸命に生きようとする作者にとっては、手きびしいものだ。発想から表現までの手つゞきに、ほんのわずかの省略があれば、それだけで、作品は罰せられてしまうのである。
諷刺的にものを見かえそうとするときの、その見つめ方に問題がある。
小山田の一連の水彩画に、ぼくは、作者の心のやさしみを感じる。心のやさしみ、などといったからといって笑ってはいけない。芸術家が最後のギリギリの線でもっているやさしみ、そして、それだけは守らねばならぬやさしみのことである。(これがなければ、諷刺も幻想も、何ものでもなくなるし、第一、芸術は成立しない。)
が、それにもかわらず、……いや、むしろそれだけに、恥部をいつも見られているという意識をたえずもち、それにおびやかされて生きてきたように思われる。(ぼくは、こゝで、単に肉体的なことをいっているのではない。また、よし、それが肉体的なものから出発していたにせよ、出発の状態が、かならずしも本質ではない。少くとも、小山田は精神の必然にまで、それを昇華しているにちがいない。)
恥部を他人の前にさらさざるをえず、いつも他人に不当に軽蔑されるのを意識せざるをえず、しかも、不当に自分にむけられる他人の心をすぐさま感じること、実際以上に感じること、もっといえば、先まわりして感じること……こんな状態で生きていれば、たえず、現実と意識とがバランスを失うおそろしさを痛感する。このおそろしさを克服する手は、おそらく一つしかない。不当なことを不当だと見きわめることだ。他人に対して不当さを叫ぶのではなく、自分自身にその不当さを明確に示すために。簡単にいえば、現実をあらためて見きわめようと意志し、実行することであろう。 小山田の調刺は、はじめは、そこから出発していたにちがいないのである。
だから、この恥部を、もし、いま、切り捨てることができたとしても、(実際はできはしないものだが)、たぶん、小山田は切り捨てることは肯んじない。この恥部は自分の肉体の一部であるばかりでなく、自分の生命の歴史の一部であり、必然性であり、これによって育ち、これによって生き、現在の生命が形成されたものにちがいない。これを切り捨てることは、自分の生きてきた全経歴を抹殺することにほかならず、自分の生きたという事実を抹殺するとすれば、それは、現在の自分の生命をも否定することになってしまうからである。
が、こゝで、ひるがえっていえば、この恥部を表出することで、見るものをドキリとさせ、そこで見るものの感情をつかまえることは、いまや作者にとって、あまりにも容易になってしまったと思われるのだ。 最近の油彩画は、恥部をかくれみのにして、その背後から外部を見ているような気配が、ぼくには感じられる。
自分に加えられた不当な害を、不当だと判断した以上は、厳格にいって、自分の恥部をかくれみのにすることも、また、不当なのである。表現までの手つゞきに省略があるといったのは、第一に、このことである。こういう諷刺の仕方は、社会的な事件に対する諷刺にはなっても、人間存在そのものにまではふれえぬのではあるまい
か?
最近の油彩画は、「ピエタ」「聖者」「愛」など、クリスト教に関係のある題がついている。主題もみなそうである。現代の日本でクリスト教の問題をあつかうのはむずかしい。復活のないクリストをかきたい、と先だって会ったとき、作者はいっていた。復活のないクリスト――クリスト教徒でないぼくにはよくわからない。が、復活ということは、聖書の一愛読者にすぎぬぼくにも、かなり大きな問題である。復活ということに対する態度いかんによっては、世界観、人世観、現代に生きる態度が、まるで逆になることもありそうだ。この辺を作者がどこまでつっこんでいるのか、あまり問題が大きすぎて、つい、ぼくはききそびれてしまった。
復活のないクリスト……とは、天国が成就し、その入場券をもらっても、おかえしするという、「カラマゾフ」の一主題につながるものだろうか?「子等のなき故に慰めらるゝを厭う」 ラケルに通じるものだろうか?が、この辺の問題になると、いま、こゝでは、ぼくの手には負えぬからよそう。
「愛」について、作者の言葉がある「『愛』とは、私の内部
の覚書である。戦争の惨禍が暗き日の傷口を開いて、黒い太陽に
さらしていた時、突如脳裡をかすめる忌まわしきことども、恐怖、
飢餓、受身におけるさやかな祈りの混淆した重圧。そして人間
の条件が、一枚ずつはぎとられて行ったあの日の覚書である。
このような季節に愛が結実するためには、限りない憎しみを前
提とする。絵画の世界においで、愛の女神は、みにくく、悪魔的
にひきゆがんでいなければならないし、地上の小さき者達、人間
は幼児のつぶら瞳を痴呆のように見開いていなければならないの
である。そして、有機体から無機体に移行した頭骸は、石ころ
のように風化していなければならないのである。」(本誌111号)
この語調に、少々、大げさにいえば、どこか、黙示録的な情念に通じる情念をぼくは感じるのだが、どうだろうか? が、これもやめよう。たゞ、この作品と作者の言葉から、「愛」についてふれておこう。
「愛が結実するためには、限りない憎しみを前提とする」という言葉は、これだけでは、情念が上まわって、意味が不明確だが、たしかに、ぼく(たち)は、そんな愛と憎との不可解な出会いにぶつかる。いや、出会いなどというものですらなく、愛が憎を前提とするのでもなく、愛と憎とが不可分になった状態がある。おそらく地上には存在しない愛を求めて、暗中模索する自分の手が、 愛の対象を認めた瞬間、相手をつき殺していたということもあろう。 死は生の完結として美しいとすれば、愛の中には、おのずと闘争のかたちをとり、愛するものを――もっと正確にいえば、愛そうとするものを――殺してしまう。そんなかたちでしか愛が完結しえぬような、おそろしいものもある。愛するため――あるいは、愛そうとするために、加害者にならざるをえなかったというような、おそろしい現実は、しかし、「戦争の惨禍が暗き日の傷口を開いて」いたような「季節」にのみあるわけではあるまい。少くとも、このかっての日の覚え書が現在に積極的な発言力をうるためには、何か一つ大事な手つゞきがいるのである。
「受身に於けるさゝやかな祈……」という言葉の調子や、画面の中に、ひとりよがりとはいわぬが、自分の言葉で自分の心情をいよいよ大きくならせてしまった情念を、ぼくは感じる。倒れないのが立派なのではなく、倒れたのち立ち上るのが立派なのだという言葉がある。クリスト教にかぎって例をひけば、ジェスイットははじめから倒れることを知らぬ好戦家だが、ジャンセニストには倒れたままの受身で「ささやかな祈り」をあげる危険がある。
しかし、受身のままでいたために犯した罪がある…… ぼくは、ちかごろやかましい戦争責任だの戦後責任だののことをいっているのではない。もっと以前の、芸術家の内部の問題としての罪である。他人の生命に対して犯した罪でなく、自分の生命に対して犯した罪である。 いや、これも大冗談すぎて話がおかしくなってきた。 ただ、被害者がそのまま加害者にならざるをえなかった状況――被害者が被害者のままであったために、それだけひどい加害者になってしまったという状況――そして、被害者に被害者意識が少しでもあったら、それだけで、とりかえしのつかぬ害を他に加えてしまったという状況――こんな状況を明確に認めないかぎり、「ささやかな祈り」が、現在の問題になりえまいといいたいのである。
ぼくは、画家の短文のあげ足をとっているわけではない。それどころか、戦争の傷痕など生きのびたものにとっては、ただ、過ぎさった一片の事件にすぎず、ただ、バクゼンと忘れられてしまう。というような、空しさの中で、小山田が、それを忘れてはならぬものとして現在の生に結びつけようとしている誠実さを得がたいものと思っているのだ。が、どうも小山田はいまのところ過去にひきずられている。あるいは、過去をひきずって歩いている気配がある。現在が、そのまま過去の延長になっていて、このままでは、過去も現在も生きかえらぬように思われてならない。
自分の生きてきた生活、それが現在の自分にとってどれほど不都合であっても、それを空白にすることはできない。かつて行った行為は存在するという事実――行為の結果は残らぬが、行ったという行為そのものは存在するという、おそろしい事実――これを否定することは、現在の自分の生をも否定することになってしまう。それは、個人の歴史においても、また、時代の、民衆の歴史においても同様であろうし、おそらく、個人と時代とが結びつくのは、この歴史においてなのだ。が、こういう歴史は、現在がただ過去の延長であるような関係の中には成立しえまい。 過去から現在へと流れる日常的な時間とは「非連続な時間」をなかだちにしないと、過去と現在とが本格的には結びつかぬのではないか?
絵画は、この非連続の時間を設定する場ではあるまいか?この場を設定するという手つゞきが省略されているかぎり、小山田の作品は、作品として成立しえないのではあるまいか? (美術評論家)
小山田二郎氏 紹介
大正三年中国安東県に生る。 二才より東京根岸に育つ。
昭和十一年武蔵野美術学校中退、独立美術、美術文化を経て昭和
二十二年自由美術家協会々員となる。