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前衛藝術とは何か─私の認める前衛美術

芸術新潮

 國際的視野と歴史的視野とがひろがって、様式だけなら、地理的にも歴史的にも、どこにでもとびつけることになつてゐる。一九世紀的な意味での國境意識ではとうのむかしに、もうどうにもならなくなったし、また、過去、現在、未來といふ繼起の順序にしたがつて起つてきた事とか物が──少くとも、さういふ風に起ると見えた事や物が、同時的に存在しうる。原始的民族の藝術と文明化された民族の藝術とが地球上に一應緒にあるといふだけのことではない。藝術の世界では、もうなくなつでしまったものさへ、あらためて、存在しうる状態にあるといふことだ。
 これでは、いやおうなしに、世界共通の課題にぶつつからざるをえない。固定的な歴史といふ観念は役にたゝない。が、それだけに、あらためて、風土とか事物とかいふことが問題になるわけだらう。風土や事物は、すぐさま、とびつくわけにはいかぬものだし、小賢かしい解釋のいりこむ餘地のないものだ。歴史的な立場といふやうな観念は、自分で意識しうるものではなくなったのだらう。
 歴史的、地理的に何もかも同時に存在しうるといふことになると、藝術上、いつたい前衛とか後衛とかの區別ははなはだアイマイになる。もともと前衛といふ言葉は軍隊用語だらうが、日本では、(かりに戦力がないとすれば、)いまのところ、スポーツのほか使ひやうがないのではあるまいか、とぼくなどは首をかしげる。スポーツなら、はつきりしてゐる。前衛と後衛とは有機的に結びついてゐないといけない。前衛を前衛たらしめるものは後衛であり、あるひは、また、その逆である。つまり、両者の關係が有機的だといふことである。球をもつてゐるものともつてゐないものとが同じやうな力をもつて、緊張した空間をつくりだす。あへてたとへれば、その緊張した空間が風土で、球が事物だといふことになるか?ともかく、個人的なスタンド・プレ―はゆるされない。ぬけがけはダメである。
 藝術上、前衛といふ言葉がつかはれだしたのは、普通、超現實派と抽象主義についてのことらしいが、むろん、前衛とはもともと流動的な歴史の先頭に立つ「絶對的な新しさ」をさすとすれば、超現實派や抽象主義は今世紀前半の革新勢力で、いまでは、もう一般に普及してゐる以上、もつと別のものが前衛といふことになるのだらう。ところが、この流動する歴史といふことが、いつたい、個人の規制しうるものかどうか、はなはだ、あやしいのである。個人が眼の前に見たり、客観的に定義づけるわけにはいかないのである。革新的な役割をはたすのが前衛だといふことになるが、どうも、この定義は固定的な歴史觀に立たぬと成立しないのではあるまいか?スポーツの前衛とか舞臺上の役とかは、その仕事がをはれば別のものになりうるのだが、藝術創造の場合は、いまでは、舞臺裏といふことがなささうだ。つまり、役割を自分で意識して見るわけにはいかぬのだ。
自分の見うるものは、目の前の具體的な事物だけである。といつて、なにも、むかしの自然主義にかへるといふわけではない。むろん、抽象能力を徹底的にはたらかせるといふことを條件としてのことだ。いや、これではあまり圖式的だから、例をあげよう。
 傅説によれば、コペルニクスが――ずゐぶん、ふるめかしいところをもちだして恐縮だが――地動説を發見した、その最初の根據は、神のつくった宇宙、そして、自分の住む宇宙が、こんな醜いはずがない、といふ根源的な美意識であった。毎夜、天動説に従つて亂星の運行を觀察してゆくと、宇宙の秩序は混
錯雜し、ときほどせぬほど醜くなった、といふわけである。宇宙の混亂は、たゞちに自分の存在についての不安になったのだが、これを醜い、といふ美意識にかゝはる言葉でいつたところが重要だ。 こんな混亂狀態では居心地が悪いといふことである。もつと大きくいへば、自分の存在が抹殺されてしまふといふことだ。もっとも、これは傳説だから眞偽は知らぬが、こんな傳説を生んだ人間の智恵は真實である。自分の生命力を生かすために、天動説といふ観念にではなくあらためて、星といふ事物にたちむかったことを、傅説は正しく傅へてゐるのである。生命力が地動説の秩序に形象されたのだ。
 画面上の操作ならどんな實験でも許容されるやうだし、いはゆる哲學的思考には、ぼくたちは、たいてい、もう、おどろかぬやうになつてゐる。おどろくのは、なんらかのかたちに、形象された生命力である。といへば、はなはだもつて、素朴な考へかもしれぬが、前衛とか後衛とかをこちらから規定できないので「絶對的な新しさ」とは、からしてあらはれた生命力以外にはないのではあるまいか?(註1)
 超現實派や抽象主義は個人の崩壊といふ意識と結びついた動向だらう。つまり、個人とか個性とか自我とかいふものが解體されて、透明に、風通しがよくなったことに氣づいたところにはじまった。人間は、生理的にも心理的にも、あるひは配會的にも、その他さまざまな點で、共通だから、個人はそのまゝで確乎として存在してるものではなく、たゞ機能としてはたらく以外に存在を證明するものはないといふ意識である。人間がはたらく軌跡としてのみ存在するといふことが、舞臺裏がない、といふことなのだが、こゝで、事物そのものを追求するよりも、むしろ事物と事物との關係を追求しようとする。 事物をいつたん切断して關係そのものを設定しようとするわけだ。それがいやだといつてさわいだのがダダでそれならそれで何とかしようと決心したのが超現實派と抽象主義である。
 關係そのものゝ追求といふことが、造型作品を汎世界的にした一原因だが、さて、その追求の仕方が自分で意識できたら、それを明瞭に目標にすることができるやうになったらマナリズムになる。つまり、舞臺裏から舞臺上の役が見えるやうになると、「絶對的な新しさ」がなくなってしまふ。
 いはゆる前衛藝術が事物を切断したのは、人間の意志によるのだが、マナリズムの場合、はじめから切断されてゐる。はじめから事物と切断された抽象的な思考の綱の目はなんでものせるが、具體的には、何も解決しない。天動説も、さて、星の動きを具體的に見ると、美意識といふ根源的な感覺を危なくさせることから、例の「轉換」がはじまった。また、ソフィストの論理はまことに正確で、いつてゐることは正しいが、さていつてゐる本人といはれてゐる事柄との關係が正しくない、といふところから、ソクラテスの「知らぬ」がはじまった。「知らぬ」といったところから、概念でなく、思想が生れたのである。「知らぬ」といふのは、世界の動きなどは個人の規制しうるものではないから、もつと、身近かな身のまはりのことから、逐一的に解決してゆかうといふことだ。あらためて、身のまはりを見れば、外界は人間の思考が探りうるより、いつも少しばかり豊かなのだ、と知ったときから、前衛がはじまるのである。超現實派にしても抽象主義にしても例外ではなかったのだ。
つまり、前衛は、個人的なスタンド・プレアーのものではなく、まったく地味なものなのである。あまり大問題のことには口をださず、まづ、身のまはりのことから責任をはたさうとする社會意識に支へられる。(註2)
 クレーが「もつとも小さなものからはじめよう」と決意したときに、クレーは前衛になつた。はなばなしく先頭をきる戦士ではなく、身のまはりのことを著實にはたしてゆく庶民の一人になつたわけだ。庶民とはもともと、匿名の生命であるし、また、泥臭いものだ。そして、この泥臭さが風土なのである。(註3)個人プレーははじめからきかない。
 いまでは、むろん、個人が個人として、なにかできるといふ時代ではない。個人が身のまはりのことを誠實に行ふには、他人もさうするといふ信頼がなければなるまい。逆にいへば、他人を信頼しえぬことは、ひるがへつて、自分の行爲を信頼しないことなのだ。これでは堂々めぐりするだけでラチがあかない。人間への不信、といふことは、いくらいはれても充分とはいへないが、それだけではなにも生れない。庶民は、そんな相互の信頼の上に日々の生活を送ってゐるのではないか?・・・・・・といつたら、あまりに素朴な樂天主義で、假空のものを信じすぎるといはれるかもしれぬ、しかし、假空のものだから信ずるので、實際にあるものなら信ずるなどといふ言葉を使ふ必要はない。見て、認めればいゝのである。個々人をなまのまゝでは信用できないが、人類全體を綜合する大地の意志を信ずる、と、たしか、カロッサがいつてゐたが、「大地の意志」などと、とんでもないものをもつてきたからといって、わらってはいけない。アンサンブルの協力を信頼しなければスポーツもできない。まして、人間全體の行為の綜合を信頼しえぬ所には、藝術は生れない。こんな信頼の上に、はじめて、個人の作品が他人に通じるものになりうる。こゝで、いそいでいへば、作品は作者のみのつくるものではない。その作品を前にして、見るものが作者の心臓の鼓動と共鳴するやうなとき、作品は存在しうる。つまり、見るものが積極的に作品の創造に参加しなければ、作品は存在しうるとはいへないのである。からいふ創造の場が、現代の繪画空間であり、彫刻空間である。(註4)
 こんな相互の協力を信じえないと、自分の生命全體が、額縁に入れられたわづかの空間に包含されてしまふといふつらさがたへられなくなるのではあるまいか?いたづらな大作は、こんなつらさからおきる悲鳴みたいなところがある。ところが、人生は次第に得るものではなく、次第に失ふものだとテキメンに知らされたところから現代がはじまつてゐるのである。つまり、人生は、ナマのまゝでは、徒勞である、といふことは、カフカの「シナの長城」でもヘミングウェイの「老人と海」でも、カミュの「ペスト」でも、・・・・・・いや、こんなことは、もういはずもがな、であらう。生活し、行動した人間は、つひに、疲れて眠るのである。が、失っただけのエネルギーは、また別のものに――つまり、作品に――變様されてゐる。(註5) なま身の人間の情感など大したことではないが、作品に形象されたエネルギーは大したものだ。と、なると、この空しさは豊かになるし、そのつらさはよろこびにかはるにちがひない。

註1 マリノ・マリーニやヘンリ・ムアなどは、古くさい外貌の下に、この「絶對的な新しさ」をもつ生命力を求めてゐるやうだ。
2 風土に根ざした社會意識の激しさ、といふことになると、メキシコの画など、その獨特な例かもしれない。が、その爆發的な所には、何となくコッケイなところがある。どういふ風に、この爆發的な様式が發展するか、むつかしいところにきてゐるのではあるまいか?
社会意識の激しさが爆發の方向にむかはず、逆に、身近なものに心を沈潜させる方向をとったものとして、ピカソの「牛の頭骸骨と静物」をあげたい「朝鮮の虐殺」もむろん社會意識から生じたものにちがひないが、ナマの情感に流れすぎてゐる。「牛の頭骸骨と静物」の方が、激情を背後にかくしてゐるだけに、それだけきびしい。思はず、襟を正したくなるやうなきびしさである。そして、その透明な明るさは、「朝鮮の虐殺」のテーマとしての悲劇よりも、もつと悲劇的である。
抵抗画家のマイナス面といふことをぼくは前にどこかでいつたことがあるが、例へば、ロルジュや、もつと若いミノーなど、いま、それを感じてゐるのではあるまいか?意識の激しさだけではどうにもならなくなつてゐる。「傳統画家」といつてゐたころは、まだ、傳統といふことを知らなかったとさへ、ぼくは極言できるやうに思はれる。むしろいま、傳統を背後に感じて、あらためて、身のまはりのことからはじめようとしてゐるのではあるまいか?
3 匿名の生命の泥臭さ(決して悪口ではない)はサザランドやバトラーなどによくうかがへる。
4 繪画空間、彫刻空間といふことについて、サルトルがジャコメッティを料理䑓にのせて、大變うまく言つてゐる。あまり、話がうますぎるので、少々マユツパモノの感があるが。(しかし、それをいひだすと、手間ひまがかゝるからこではいはない。)たゞ、ジャコメッティの彫刻が、だんだん、肉をうしなつて、やせてゆき、最後に残ったギリギリのものだけが形象されてゐるのはたしかである。このギリギリの、いまにも、なくなりさうな形象で、彫刻がはたらきかけ、支配しうる空間を設定しようとしてゐるやうだ。
5 エネルギーの愛稱といふことは大むかしからいはれてゐる。たとへば、ギリシア人はエネルギーは速度であらはされるといつた。これはうまいいひ方だが、たゞ、ことで速度といふのは、あるものが一點から他の點へ移行する動きの速さではない。普通では同じ速さにみえる移行の中で、動くものが、どれだけの強さで振幅してゐるか、といふことなのである。動く矢が動かぬといつたとき、ゼノンが、とつくのむかしに氣づいてゐたことだ。繪画上のムーヴマンといふことも、質は、ぼくは、かいふ速度だと思ふ。
たとへば、アルトゥングの線の動きに、とんなエネルギーが感じられる。力を表面にあらはさずに、隠してしまふ男らしさだといつてもいゝ。そして、この隠された力が、本格的なマチーエルを支へるのである。

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