ルオーの世界
みづゑ
ルオー ルオー ルオー
ルオー ルオー ルオー
さっきまで庭をあるきながら、そんな言葉が、何ということもなく、頭にうかんでは、とんでいった。 例の、よどみに浮ぶうたかたのように、かつ消え、かつあらわれて・・・・・・ぼくは口ずさんでいたかもしれない。ほとんど放心状態だったが、これは偸安というものであろう。
原稿を依頼されてから、というより、たぶん、ルオーが死んだときいたときから、その名が音として、頭のどこかにひっかかり、明滅していたらしい。つまり、ルオーのことをいま書くのは、ぼくにとって、よほどつらいことらしいのだ。ルオーの作品やルオーの世界を考えることを一寸のばしにしたいために、名の音だけが、何の意味もなく、うかんでは消えるらしい。
といって、ルオーの死に、ぼくはショックをうけたわけではなく、また、そんなに深刻に考えているわけでもない。ルオーの死んだことそのことは、いまさら、ぼくにはどうでもいいことなのだ、といってしまった方で正確だろう。
たとえば、小説中の人物が物語りの筋にしたがって死んだくらいにしか感じないのである。いわば、ことのなりゆき上、死んだまでのことだ。 (「カラマゾフの兄弟」の中で、ゾシマが死んだとき、アリョーシャはある転機となるショックをうけたにしたところで、ぼくには、何のショックでもないのとたぶん、同じことだろう。)
人間はいつか必ず死ぬものだし、不可避といって、これほど不可避なものはないし、「人は生れ、苦しみ、そして死ぬ」というのが、ちゃんとした筋書きなのだ。ナドと、しらばくれるつもりではない。「人は、生れ、そして、死ぬ。」 でよさそうなものを、「生れ」と「死ぬ」 との間に「苦しみ」という途中の言葉をどうしてもおとせなかった賢者たちの心、──実際は、そこが大切なので、「苦しみ」のところで生れる「作品」や「世界」 ついてはしらばくれるわけにはいかないのだ。
しかし、・・・・・・いや、だから・・・・・・ぼくは追悼文は書かぬことにしている。
(大観の死が報ぜられた。また一人死んだか!死んでしまったもの、しかし、 いまさら、仕方がないぢゃないか)
むかし、アンドレ・ジイドが、ブレイク、ブラウニング、ドストエフスキー、 ニーチェを、同一星座の四つの星だといったが、ルオーは当然この星座に入る一等星だろう。「巨星おつ」という言葉がある。ルオーが死んだときにも、きっと、どこかでそんな言葉がつかわれたことだろう。実際ルオーの死は、この星座にポカンと穴があいた、と、はじめぼくも、軽卒にも思ったのである。だが、 おちるわけがないではないか。ルオーが生きた(‘‘‘)という事実はなくなりはしないのだから。いや、ルオーが生きたというもはや可視的には存在しない事実を、明確に存在させようとしたのがルオーの終世の努力だったともいえるのだ。
それに、この星座に、他の新しい星が加わらぬとはいえまい。追悼文によく出てくる言葉──「この人のような人はもう出てこないだろう」という言葉は、たいていの場合、ウソである。ことにルオーに関しては。
ルオー自身こういっている。
「大伽藍を直すには集団的努力に信念をもち、また、天賦の才が必要だ。」
絶対的な孤独を知っているからこそ、「集団的努力」に対する信頼感が生れる。大伽藍がひとりで建てなおせるわけではない。とルオー自身知っている。むろん、この場合の「集団」は可視的なものではない、いわば、孤独者の社会連帯のことである。
こんな「集団的努力に信念をもち」つづけていると、かならず、といっていいくらい、同じような人物が出てく るから不思議なものなのだ。4人の星座に、新しくルオーが入ったように、だれかが、また、この星座に入る。
クリストの12人の弟子たちが、それぞれ、孤独に伝道についたにしても、いつも、連帯を感じていた、──一丁度、それに似たような連帯感をもっていたと思われる。
こういう連帯感と信頼感とは、ルオーが猛烈なカトリック教徒であることと不可分なのだろうが、実は、そこまで行くと、クリスト教徒でないぼくにはお手上げなのだ。
若いころの、苦しい生活については、あまり語らぬそうだが、それでも、そのころを後年述懐して、「『人生は恐ろしいものだ』というセザンヌの言葉が身にしみて感じられた」といい、「罪の咬傷」を感じたといっている。セザンヌ──死と和解せず、物と和解せず、あくまで、ものをみつめ、死をみつめて、逃げようとする輪郭を、独力でとりとめた、セザンヌ──の「人生とは恐ろしいものだ」という言葉を、その発想のときの重さでとらえることは、20代の人間では並ならぬことにちがいない。「罪の咬傷」とは、たぶん、人間の連帯はつねに何ものかの犠牲においてしか普通にはありえないこと、いいかえれば、愛すれば愛するほど、その相手に深い傷を負わせ、それが自分にはねかえってくることなのだろう。
このころに、レオン・ブロアの影響でカトリック教に帰依したといわれるのだが、では。 それまでのルオーはどんな宗教をもっていたのか?それとも、このころ、はじめて、宗教というものにぶつかったのか?
師のモローへの信従は大変なものだったらしいが、そうした心がさらに上昇し、混乱にぶつかり、外部の抵抗をうけ、クリスト教へとむかったのだろうか?
「君は君の絵をかけ」という師のモローの言葉に、すっかり、信頼しきって従ったように、カトリックに帰依してからは、クリストの「言葉」に従おうとしたのだろうか?
「罪の咬傷」 という意識は、「原罪」の観念になるのだろうか。
「原罪」「恩寵」、「インカルナシオ」・・・・・・とういうカトリックの言葉は、どれ一つとってみても、ぼくには分らぬのだからいたしかたがない。
ルオーは受難をかいて、復活をかかなかった。ルオーのイエスは、1000年の後に最後の審判を行う天帝ではなく、3日の後に復活するにちがいない十字架を負うイエスである。
ここで、ぼくは、カトリックの精髄といわれる、アッシジのフランチェスコの話を思い出す。──雪もよいの寒さきびしい日、レオネをつれて、ポルティウンクラのサンタマリア会堂に向っていった。そのときの会話である──、
「たとえ、小さな兄弟たちがいたる所で聖徳と篤信の美しい模範を示したとしても、その中には完全な喜びはない」にはじまって、奇蹟を否定し、知識を否定し、この世に天国をも拒否して、「いっさいの苦痛をしのび、主を愛するために私たちも受くべき、クリストの苦悩を思い喜んで耐えるならば、ここにこそ十全の喜びがある」に終るのだが、しかし、この話もぼくには半分は分ったような気になるが、半分は分らない。この場合、半分分るなどというのは、まるで分らぬのと同じことなのだ。
要するに、ぼくは福音書の愛読者であり、イエス・ファンにすぎない。 だから、ぼくはときどき、イエスという大変な人物にひっかかるのだが、その、 ぼくのうちにあるイエス・ファンが、ルオーの中に、イエスマニアを見て、よろこぶのかもしれないのである。
(もっとも、大部分のカトリック教徒も、フランチェスコの話は、半分分って半分分らぬにちがいない、といえばいえそうだが、そこが、伝統の相違ということになるのかもしれない。)
受難をかいて、復活をかかなかったルオーは、イエスとその弟子たちとの間にかよった信頼感という大伽藍を、も一度、あらためて、建てなおそうとしたのであろう。
が、この信頼感という仮空の連帯は、何度も寸断されたことは、聖書に見る通りである。たとえば──
「わが飲む酒杯を飲みうるか」といったとき、イエスは弟子たちのついてこられぬことを承知していたはずである。ゲッセマネに祈るイエスに「わが心いたく憂いて死ぬばかりなり。汝ら此処にとどまりてわれとともに目をさましおれ」といわれながら眠ってしまった弟子たち・・・・・・接吻してイエスを売るユダ・・・・・・イエスを棄てて逃げ去った弟子たち・・・・・・にわとりの鳴く前に三度イエスを否んだペテロ・・・・・・。
が、いつも寸断されるから、建て直すのだという意識は、たぶん、人間の、もっとも深いところから生ずるにちがいない。なぜといって、寸断したのは他のものではなく、弟子である自分なのだから。
「ロマン的な象牙の塔は時代おくれだ。人々は古めかしウルトラマリンの空にバベルを再建しないだろう。そして、原子爆弾や外の享楽的好奇から害をこうむらないカタコンブの中で、古代の人々のように住むであろう。」
イエスその人の時代にかえろうとすることであり、これは現在に回心を行おうとすることなのだ。
ルオーのかく世界は、だから、イエスの生きた新約の世界であって、旧約の世界ではない。 (と、ぼくはシロウト考えで考える。)同一星座の星であるプレイクが最晩年に、ヨブの世界をかいたのと、この点、対照的である。同じく、この「唯一の書」に註をつけたにちがいないのだが。
ルオーのイエスは、「斯くあるべく録したる聖書を成就せん」としている受難のイエスだが、これは、運命愛だろうか?問題なのは、運命と闘争したことではなく、自分自身とたたかったところなのだろう。
ヨブの世界も、また、たぶん、そうしたものにちがいない。旧約の中には、最初から黙示録的情念にすりかえられる危険物があったようだし、実際、多くのものが、この危険な陥穽におちこんだらしい。ヨブ記は、この黙示録的陥笄への決定的な打撃だったと思われる。
が、新約をかいたルオーとヨブ記をかいたブレイクとのちがいが、どこから出てくるのか、ぼくにはあまりよく分らない。しかし、受難をかいて復活をかかなかったことと、新約をかいて旧約をかかなかったこととは、何か必然的な結びつきがあるのかもしれぬ。
マルローが「フォルム」にこう書いている。──「ルオーの作品がほとんど外界に支配されていないことは、彼の作品と人物とを比較すればすぐ分る。裁判所にはドーミエの裁判官がいる。スペインにはゴヤの大道軽業師がいる。郊外にはヴラマンクの風景がある。だが、丁度、グリュネワルトの人物がどこにもいないように、ルオーの裁判官や娼婦や道化はどこにもいない。彼らは人間的存在ではなく人間がおのれを解放する手段としての記号であり、いわば悪魔ばらいの如きものだ」
だが、こう書きなおした方が分りいい。
──ルオーのかく人物や風景は現実にはどこにもない──といえば、作品とはすべてそういうものだといわれるかもしれないが、しかし、自然は芸術を模倣するという警句がある。単なる逆説ではなく、たしかに、ぼくたちはすぐれた作品が現実を見る目をかえさせたことをいつも経験する。あるいは、そうなったとき、作品は存在するといえるのだ。コローが出てから風景はかわった。 ドーミエが出てから、裁判所にはドーミエの裁判官が生れ、ゴヤがかいてからスペインにはゴヤの道化師が生れ、ヴラマンクが出てから郊外はヴラマンクの風景になった。 が、ルオーの場合は、自然が模倣しようのない作品なのである。
ルオー自身の言葉でいえば、「ルノワールやドガを満足させた現実に面とむかって、ぼくは超現実派のように、一つの極めて美しい現実が存在するといおう。だが、それは暗室の中でいつも大自然をさかさまに見る写真師の現実ではない。」
ところで、マルローの文章の終りの数行が問題だ。イエスのやさしみを知らぬものならば、裁判官にしても娼婦や道化にしても、それを「人間がおのれを解放する手段としての記号」にし、「悪魔ばらい」することは、むしろ、容易にできるのだが、イエスのやさしみを知ったものが行うには、イエスのやさしみと同時に、イエスが運命に殉じるところから生ずる戦闘的情熱にも信従しなければなるまい。
イエスが猛烈な勢でふるう暴力──ここでは、あえて暴力といっておく──に、なおかつ、つき従って行こうとすることは、ほとんど、 理論上では不可能にちかい、いわゆるヒューマニズムではとてもおいつけない。「残酷の天才」が必要だろう。
ルオーの絵にあらわれる、強い輪郭は、その「残酷」さにたえるためにどうしても必要なものにちがいない。
だから、 ルオーの娼婦のうちに聖女に通じるものを見るナドといったところで、はじまりはしない。たぶん、ルオーはそんな見方こそ、もっとも排斥したはずである。ルオー自身は、娼婦のヘソの位置一つで、娼婦から聖女にかえるような「悪魔ばらい」 ができたかもしれぬが。
ルオーの世界を書かねばならぬ、と思いながら、どうもぼくは、まだ、判断を一寸のばしに偸安をむさぼっているようだ。「火刑を求めるフォルムの獰猛なドミニック教徒」を、はるか、遠くから、のぞき見している野次馬とかわりない。あるいは、・・・・・・
「なんじらく一時もわれとともに目をさまし居ること能わぬか。誘惑に陥らぬよう、目をさまし、かつ、祈れ。げに心は熱すれども肉体よわさなり」──何度、そういわれても、ぼくはねむりこけてしまう。