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ルオー―復活をかゝない宗教画家

芸術新潮

 ルオーは受難をかいて、復活をかゝなかった、とは誰でも承知してゐるし、また、誰でもいふことだが、そのことと、ルオーが新約の世界をかいて、舊約の世界をかゝなかったこととは、本質的な結びつきがあるのかどうか?
 もつとも、ルオーに、「出エジプト記」などの題名をもつた繪があるにはあるが、かういふ題名は、たぶん、偶然のものであらう。あるひは、福音書の中に出てくる舊約の言葉のやうな、ある必然性があるのかもしれないが、それならそれで、ルオーの世界はやはり新約のものであらう。
 受難をかくことと、新約の世界をかくこととは、どうも本質的な結びつきがあるらしい・・・・・・などと、ロクでもないことを考へはじめたあげく、マタイ傅を讃んでしまったのがまちがひのもと。この原稿、どうにも書きづらくなつてしまった。(書きやうがなくなった、といった方が正確かもしれない。)
 イエス・ファンのぼくが、イエス・マニアのルオーのことを書くのに、福音書をもう一度讀みなほすといふ手はない。書きやうのなくなることくらゐ、はじめから分つてゐることだった。分つてゐるのに讀んだのは・・・・・・いや、その前に、もともと、この原稿を引きけたのが、ぼくの軽率といふものだ。
 ルオーのことは、ぼくはぼくなりに、もうかなり書いてしまった。ひょっとすると、ぼくの能力以上に書いてしまったのかもしれない。その證據に、いま、書かうとしながら困つてゐるのだから。むろん、いくら書いたところで書ききれるといふものではない。いはば、はらひ切れぬ借金をしよったやうなものだし、たぶん、こんな借金は、はらひ切れぬところに値打ちがあるのだらうが・・・・・・
イ エス・ファンだとかイエス・マニアなどと書くと、クリスト教徒に怒られるかもしれないが、カトリックでもプロテスタントでもないぼくには、そんな言葉がぴったりするのだ。イエスを標點とする群衆の受難劇を、ぼくは客席から見てゐるやうなものだし、ルオーは、その群衆の中の一人となって、イエスに従はうとしてゐる。
ルオーの繪は福音書に對する、もつとも美しい註の一つだ、とぼくはどこかで書いたことがある。ナマ半可なクリスト教徒なら、福音書に註をつけることくらゐわけのないことだらうが、イエスマニアにとつては、聖書への註とは、自分の生涯をこの書の一片の註に化してしまふことにちがひない。それにたへるのだろうし、たへるといふより、むしろ、そこに本格的なよろこびを見出すのだらう。自分の生涯を一つの書の、そのごく一小部分の註に化してしまふこと――そこには身の毛のよだつやうなおそろしさ、無氣味さがないか?
 註と化し、群衆の一人となって、イエスに従ふといふことは、たとへば、・・・・・・イエスがゲッセマネに祈るとき、ねむりこけてしまふかもしれぬし、にはとりのなく前に三度イエスの名を否むかもしれぬし、トマスのやうにイエスの傷を見るまでは復活を信じまいとするかもしれぬし、あるひは、金のためにイエスを賣るかもしれないといふことである。
 聖書に註をつけることは、だから、ユダになるより仕方がない場合もあるにちがひない。そして、そんな註でなければ、聖書は、もうどんな註もうけつけまい。
 ルオーは猛烈なカトリック教徒だ、といはれれば、カトリックの何たるかを知らぬぼくは、なるほど、さういふものか、と思ふのだが、しかし、多くの場合、それは常套句であり、俗語といふものであらう。
大部分のカトリック教徒はルオーをカトリックとは認めないのではあるまいか?いや、むろん、いまとなっては、認めないわけではあるまいが、「人生は恐ろしいものだといふセザンヌの言葉が身にしみて感じられた」ころには、――つまり、娼婦、道化、罪人などを死體解剖するかのやうにかきつゞけてゐたころには、――レオン・ブロワですら、かういふ手紙をルオーに書きおくつてゐる、――
 「今日は二つほど君にいひたいことがある。といふのは、君はもはや友人として精神的つながりを持たないといふこと、その理由の一つは、君は醜悪さだけを見てかく、君の頭には嫌悪すべきものがすくつてゐるといふこと。理由の二は、もし君が祈りの人間であるなら、すなはち、眞のカトリック教の信者であるなら、おそらくこんな忌はしい繪はかゝぬにちがひないといふことである。君には思慮分別があると思ふだけに、これは言語同断、ぼくは君をゆるすことができない。」
 ルオーとすれば、「ブルータス、お前までもか」といひたかったところだらう。(それとも、例のカトリックの精髄といはれるアッシジのフランチェスコのやうに、「それでも私たちがいつさいを忍び、主を愛するために私たちも受くべき、クリストの苦悩を思ひ、喜んで耐へるならば、こゝにこそ完全なよろこびがある」としたか?もし、さうなら、ぼくはお手上げだ。)
 そのときに、ルオーの宗教心の猛烈さを信頼しなかったとすれば、のちになつて認めたところで、實は、認めたことにはならぬのではあるまいか?
 といつて、むろん、ぼくはいまさらブロワをせめるつもりは毛頭ない。ブロワもまたイエス・マニアの一人として、ルオーを面詰する役割をはたしたにちがひないのだから。問題なのは、そのとき認めなければ、間にあはぬといふことがあるのだ。そして、たいていの場合、さういふことは間にあはぬものなのだ。ひとごとではない。
 そのときルオーを認めなかったといふことは、現在、當時のルオーのやうな画家がゐたとしたら、その画家を認めないといふことなのだ。さうだとすれば、いまになってルオーが猛烈なカトリックだといったところで、どうしようもないことである。ひとごとでない、といふのは、ぼく自身が、さういふ人間を、現在認めないかもしれぬから、――いや、たぶん、認めえないにちがひないからだ。
娼婦、罪人、道化・・・・・・かういふ不幸なしるしを前にして、合理的な進歩の観念も、壮大なカトリック教會も、優情にみちた大伽藍も、その権威を失ったかに見える。「愛」といふ觀念が愛されるといったところで、どれほどのこともないのだから。
 それに、大事なのは、愛されることではなく、愛することだらう。愛される對象をかくことではなく、愛する心がかくこと、「祈りの人間」が祈りの對象をかくことではなく、祈る心がかくことであらう。
イエス・マニアがイエスに信従するとは、受難劇の成立をいつでも信頼することにちがひない。いひかへれば、いつでも、神は自分を見てゐる、と信頼することであり、そこまで行くと、自分で自分を承認することなしに残酷になれるのかもしれない。
愚かで、淫らな、おそろしい肉體――これは人間のかたちといふより、動物的である。
原始藝術で、動物ははやくから的確にかゝれてゐたが、人間のかたちは、どこか圖式的であり記號的であって、ためられたやうに、イエスの時代にかへらうとするイエス・マニア――つまり、世界のはじめに身をおかうとする人物――は、聖者のかたちをかくことをためらったにちがいない。
 さうでなければ、「醜悪な」、「忌まわしい繪」の非合理性も、また、常套句に堕してしまふ。この「愚かなるもの」、「失墜したもの」をつゝばなし、默殺して、聖者をかくことがつらいのだ。
慧きをとめと愚かなをとめとの比喩がある、――
『このとき天國は、燈火をとりて新郎を迎へに出づる、十人の處女になずらふべし。その中の五人は愚にして五人は慧し。愚なる者は燈火をとりて油をたづさへず、慧きものは油を器に入れて燈火とともにたづさへたり。新郎遲かりしかば、皆まどろみて寢ぬ。夜半に「やよ、新郎なるぞ、出で迎へよ」と呼はる聲す。 ここに處女みな起きてその燈火を整へたるに、愚なる者は慧きものにいふ「なんぢらの油を分けあたへよ、我らの燈火きゆるなり」
 慧きもの答へていふ
 「恐らくは我らと汝とに足るまじ、むしろ賣るものに往きておのために買へ」彼ら買はんとて往きたる間に新郎きたりたれば、備へをりし者どもは彼とともに婚筵にいり、而して、門は閉されたり。その後かの他の處女ども来りて「主よ、主よ、われらの爲にひらきたまへ」といひしに、答へて「まことに汝らに告ぐ、我は汝らを知らず」といへり。』(マタイ傅二五章一二二) 娼婦、道化、罪人たちは、「進歩といふ偶像をとる人類」の前進のために、世のかげにおひやられ、光から遮断されたものである。と同時に、受難劇においては、まさに、この「愚なるものども」なのである。
 愚なるものの頼みに對して「恐らくは我らと汝らとに足るまじ、むしろ賣るものにきておのがために買へ」とつばなし、自分たちだけで婚筵に入る、慧きもののその残酷さ。つばなしたときに、すでに、愚かなものの入る門はとざされることが分つてゐるのである。それが聖者のとる態度であるか?イエスの弟子の、イエスに信従するものの、態度であるか?
 たぶん、さうなのだ、と、客席からぼくは思ふ。イエスはずゐぶん無茶な、冷酷無慚なことをいふし、また、行つてゐるが、自分で行ふだけでなく、他人にもそれを要求してゐるのだから。
 慧き處女が一言でつゝぱなした残酷さと、その残酷がつらくて、愚かなものに鞭打つ殘酷さとが、若いころのルオーの心には、複雑にからみあつてゐたにちがひあるまい。やり切れぬほどの愛憎のからみあひだ。なぜといつて、實際に「慧き處女」は存在しないのだから。「されば目を覺しをれ、汝らは其の日その時を知らざるなり」といはれても、ねむりこけてしまった弟子たちは、愚かなるもの以外のなにものでもないではないか。ペテロにして愚かなるものだとすれば、慧きものなど、ゐるわけがない。

 だが、また、愚かなものを一言でつゝぱねる、その残酷さにたへることが、イエス・マニアに課せられた運命、 みづから解決にのり出さねばならぬ運命だった、――と、ぼくは思ひかへす。(客席にゐるとは何と便利なことか!)
 藝術は、死ぬべき運命にある人間の、運命に対する闘争の所である、といふ言葉がある。が、ルオーの場合は、運命への闘争ではなく、むしろ、運命を積極的にうけいれ、愛するまでにいたった、自己との闘爭の所産である。
 宿命論といふものは、いつも現在でうけとめて、未来におよぼしてはならぬものだ。イエスも、自分の運命をそのときどきに、「豫言の成就のため」といひながら、現在にうけとめ、決して未來にまで延長しようとはしなかったのではあるまいか?「イエスのまねび」をしようとするものが、その運命を愛するにいたったとき、はじめて、自由意志といふものが生れるのかもしれない。あるひは、少くとも、運命愛のないところでは、自由意志といぶことは意味を失ひ、不毛になる。
 ルオーが画風を確立したことと、イエスをかきうるやうになったこととは、無料係ではあるまい。
愚かなるものは、死――あるひは、「死にいたる病ひ」である。しかも、實在する人間はすべて、例外なく、愚かなるものである。
 スフィンクスの謎といふヤツだ。「人間とはなにか?」と、この知恵と冷笑の怪物は問ひをかける。荒涼たる風景だ。この謎をかけられたことのないものは發育不全かもしれない。が、この謎の前で、人間は失語症にかゝつてしまふ。いままで、習ひおぼえた言葉では答へやうがない。が、たぶん、そんなとき、常套句や俗語が失はれて、新しい言葉がつくり出されるのだ。人間の意志と行爲とによって、人間をかけねなしに呈示するやうな言葉が。
 運命を愛したオイディーブスが、人間そのものを呈示して、スプインクスを退治したのはーーいや、そんな話を生み出し、語りつたへたのは、スフィンクスの知恵を上まはる人間の叡智にちがひない。
 ヨーロッパといふ墓地で、現代のハムレットは・・・・・・と、どこかでヴァレリーがいつてゐた。セザンヌはその墓地で、シャリコウベをじっとみつめて、それと決して和解しなかった。――「人生はおそろしいものだ」といひながら、シャリコウベを繪画といふ事實で消却していった。
 ルオーは、この墓場に、もう一度、母なる大地を恢復しようとする。丁度、『「放蕩息子」が父を信頼するやうに、フランスに信頼をかける』やうになった。
 場末の街、古い市場町、人けのない道――この見捨てられた場所に住み、働き、楽しみ、悲しむ、匿名の生命たち。その生命たちのつくつた街、無意識のうちに行はれた、ある協同作業。人知れず行はれた人間の當爲の集積。むろん、それだつて、地球の表皮を一かはむけば、断續した墓がならんでゐるにすぎないが、――そこにルオーははじめからノスタルジーを感じてみたにちがひないが、画風を確立したときには、單なるノスタルジーではなく、むしろ、この匿名の生命の協和こそ、世界を支へる根本的な力であると見、それを積極的なものに轉換してゐる。
 ルオーのステンド・グラス時代と呼ばれる時期は、ステンド・グラスの職人だったころから十数年ものちのことである。だから、ステンド・グラスの手法の影響といふやうなことは、たぶん、どうでもいゝことなのだろう。大切なのは「大伽藍をたてなほす」ために、職人の忍従さをもつて、ステンド・グラスをあつかひ、それが自分の指に傷をつけた、その傷への愛なのだ。 あるひは、傷をうけたといふ事實への愛なのだ。むろん、それを未來にまで及ぼさぬといふ覺悟をもつて。

 フランスへの信頼――たぶん、これはモローへの信從から、イエスへの信從にいたるルオーの、「子供のやうな従順さ」の、脊骨かもしれない。
「モローはルオーに二つの約束をさせた。そしてルオーはルオーでこの約束を生涯守って怠ることがないのだが、その一つは、絶對にタバコをのまぬこと、もう一つは、もう繪の出来上りが不滿足であつても、短氣をおこさず、その繪を壁に伏せて数日抛つておき、破棄するか否かは、その後で決めること、これであった」とw・サージャントは傅へてゐる。(本誌、第四卷十號) たしか、モローはセザンヌやドガからはばかにされてゐたが、弟子たちからは熱愛されてゐた、とヴァレリーも傅へてゐた。 ばかばかしいほどの、底ぬけの信從だが、しかし、自分よりも高いもの、自分よりも立派なものにつかへ、いつもその言葉に従うとすることは――それが、最後にイエスに想到するとき――何か重要なことを暗示する。
 聖クリストファーの傅説をもち出すには及ぶまい。
 かういふ信頼感のない場所では、何をいつてもムダになるが、信頼感のあるところでは何をいっても、價値が出てくる。イエスにしても、故郷では「彼らの不信仰によりて、其處にては多くの能力あ業を爲給はざりき」とある。逆に、信頼感のあるところでは、ずゐぶん無茶な言行でも通ってしまふ。たとへば、無花果の樹を一喝で、たちどころに枯らしてしまった暴力・・・・・・季節はづれに實がなるわけがないではないか、と文句をいつても、もう間にあはぬのだ。そして、そのとき、すぐさまイエスに從はねば、もうあとでは間にあはぬのだ。
 のみならず、イエスは他人にも、そんな暴力を要求する。たいていの人間は、その要求に應ずることができない。まともに、その力をくつたら、コッパミヂンだ。それでも、信従しなければならぬとすれば、人間は、その暴力をまともにくらはぬために、二千年にわたつて、カトリックといふ大伽藍をつくり出さねばならなかった。
ルオーは、しかし、たぶん、カトリックといふ大伽藍の中で、ゆつくりお祈りをあげるわけにはいかなくなつて、聖書から直接イエスをまなぼうとしたのだろう。
 どんな立派な言葉でも――いや、立派であればあるほど――それが發想のときの重みを失ったら、常套句になる。カトリックといふ大伽藍は、ときどき、異端のやうな人物があらはれては、焼きはらひ、あらためて、建てなほされねばならぬらしい。受難劇をもう一度成立させるために。クリスト教がはじまってから、現代まで、解答をもちこされてゐる大問題である。

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