「現代イギリス彫刻展」をみて
みづゑ
「現代イギリス彫刻展」をみて
この展覧会は「現代イギリス彫刻展」と名づけられているが、正確には「1950年代のイギリス彫刻展」と呼ぶべきものだろう。イギリスの現に活躍している重要な9人の彫刻家の50年代の、しかも、その後半の作品数点ずつが集められている。いわば20世紀後半の最初の時期におけるイギリス芸術の位地をたしかめようという意図であろうか?
20世紀なかばには、すでにヘンリムアは世界美術界に大きな位置を確立しているし、カタログの序文のはじめにこの展覧会は一つの歴史の第2章を示すためのものである」といっているのも、そのためだろう。実際、 イギリスの彫刻の歴史はヘンリ・ムアからはじまるといってもいいくらいである。
1950年代後半といえば、第2次大戦終了から10年をへたころになる。平和と秩序の恢復、そして、新しい不安の芽ばえ・・・・・・
1953年「無名政治囚」という課題の国際コンクールが開かれ、レグ・バトラーが大賞を得たことは周知のことだが、この課題そのものが、どんな意味をもつのか、また、どんな動機から発想されたものか知らぬが、ともかくも、そんな時代背景を暗示しているかのようだが、あまり、この時期の世界情勢の推移や政治的変化について、神経質になる必要はあるまい。芸術はそれほど性急なものではないからだ。(芸術は時代の趨勢に敏感でないというのではない。過度にそれを意識し性急に首尾をまとめようとするあやまりが一つ。芸術は時代をこえて存在するにちがいないが、それもまた過度に強調するあやまりが一つ)
ぼくはバクゼンと感じたことをとりとめなく書いてゆくことにしよう・・・・・・
現在の世界美術界で、彫刻をリードしているグループはイギリスとイタリアであろう。
(もっとも、それをグループと呼んでいいかどうかは分らない。国民性とか民族性とか、その他さまざまな契機をもって意識的にグループを形成しているわけではないからだ。各人が各様に自分の好みに従って目的を遂行し、実行しているのだが、何となく、ある共通の文化に支えられて、おのずと──少くとも外見上、おのずと見えるほど自然に──そうなっている。それに文化とは、誰かもいったように、ぼくたちが目標としてそれに向って進むようなものでなく、ぼくたちが進む方向を、目に見えぬうしろから支へ、推進するものだ。いいかえれば、目の前に見えるような文化はタカのしれたものだ。また、うしろをふりかえって、ぼくたちの進む方向を推進する文化を見ようとしたら、そのとたんに、オルフェのように、文化はぼくたちを罰する。それが文化というものだろう。)
そこで、かりに、そうした2つのグループがあると仮定して、そのおのおのの特性を明確に、あるいは端的にいうことはむずかしい。本郷新氏のように「イタリア彫刻の野性と優美の融合に対して、ここ(イギリス彫刻)には、理性と清楚の抱合がある」 いうこともできよう。ぼく流にあえていえば、イタリア彫刻は 「現実の可能性」を追求しているのに対して、イギリス彫刻は「可能性の現実」を追求しているということになる。
「現実の可能性」、「可能性の現実」と一見同じようなことをあるいは、どうでもいいようなことを、おぼろげな言葉のアヤで区別していったものの、作品に即して見れば、それほどいい加減なことでもなく、おぼろなことではない。ごく簡単にいえば、「現実の可能性の追求」とは、現実の世界から、あらゆる可能性をひき出し、それを定着しようとしていることだし、「可能性の現実の追求」とは、日常の現実を感じる能力あるいは感覚では導き出されぬものの可能性を現実に感知しうることを前提条件とする。たとえば・・・・・・このたとえが適切かどうかよく分らぬが・・・・・・るー√-1 のような虚数を現実に感じる感覚から出発してそれを追求し、作品において定着することなのである。
大ざっぱにいって、この二つの動向のいづれをとるかは個人の好みによろう。好み(‘‘)という言葉が軽っぽく聞えるなら、人生とか芸術に対する個人の態度にかかるといいかえてもいい。イタリア彫刻には「野性と優美の融合」という「ユマニテの血脈」のあるロマンがあり、イギリス彫刻には、そうしたロマンを拒否する一種の非情な理性あるいは主知主義的なものがある。・・・・・・そして、ぼく自身とすれば、イギリス彫刻の方が好みにあうように思われる。
ヘンリ・ムアについては、以前何度か書いているので、それを要約しておこう・・・・・・
事物の存在は本格的に人間の手におえぬところにある、という自覚から、ムアの彫刻は出発している。一般に、人間は対象となる外界の事物との距離を測定し、動きをとらえ、輪廓をつけ、かたちを与へ、そして、名称をつける。つまり、人間の手のとどくものにする。が、ムアの作品は逆である。
目の前の対象を自分の手のうちにくみいれるのではなく、むしろ、目の前の対象は、自分ではどうしようもないものとして、自己を事物の中に分散させ、事物の諸関係そのものをたたみこんでゆくようなやり方をとっている。あらわれた頂点だけを感覚的につかまえ、それを出してゆくのではなく、いわば基礎のところから少しずつつみ重ねてゆく──あるいは、分り切ったような、はじめのものから順々につみ重ねてゆく。が、こうしてつみ重ねられた事物の諸関係が明確になればなるほど、最初に分り切ったように思えたものが、実は、そう簡単に分るものではなく、思いがけぬ重要なものだということが、おのずと理解されてくる。「可能性の現実」を求めるとすれば、さしあたって、こうした方法をとるほかないのかもしれない。
作者はまるで不在であるかのように、遠くにいて、すぐには結論を出さない。というより、結論は、はるかかなたに、まるで、到達できないような遠距離におく。結論は永久に出せないかもしれないというほど遠い。ムアの作品が、普通ならば感覚的にとらえられるような頂点のところを出してこないのも、そのためだろう。が、それゆえに、一つ一つの判断に、つねに、その結論がなんらかのかたちで予想されている、というのが、こうした場合の芸術作品の秘密の一つかもしれぬ。結論は鑑賞者にまかせるというよりも、もうはじめから事物の諸関係そのものにまかせてしまっている、といえようか?
「ロマンを拒否する一種の非情な理性あるいは主知主義」といったのは、こうした意味である。
現代文明の危機感は「ユマニテの血脈」のある「野性と優美の融合」というようなロマンでは克服できず、人間の手におえぬ事物そのものの生命をあらためて見ようとする。この点、外見上、現代芸術はプリミティヴ芸術のアニミズムによく似ている。が、重大な相違を見おとすわけにはいかぬ。人間と世界とを、受動的におかれた状態のままほっておかず、人間のかたちづくった作品によっていま一度人間と世界とを結びつけようとする意志の有無である。
「人間はそのままで存在しうるものではない。さしあたって、人間は他の存在者の中に存在しうるかもしれぬ可能性にすぎぬ。」(オルテガ) 埋もれ、沈み、やすみ、眠っていた他のものをゆりうごかして、それを存在者たらしめること、そうしたとき、はじめて人間は存在者たりうるのかもしれない。残酷なことだが、そうしないかぎり、現代では、人間と世界とが結びつかないのかもしれぬ。ムアの彫刻の確かさの中に、底知れぬような不安、あるいは危機感があるのもそのためだろう。その故、自己の流暢さと和解せず、自己を事物の中に分散させ、分解するだけ分解して、諸関係をたしかめる。
ことわるまでもあるまいが、ムアは不安や危機感をあらわそうなどとしているのではない、あくまでも、生への積極的な肯定を志向している。ただ、そのための手だての複雑さが、作者にとっても観賞者にとっても、気にかかるは、 現代が「本質的に悲劇の時代」だからかもしれない。
「第2章」を形成する彫刻家たちは、ムアを契機としてあらわれたように思われる。ムアとほとんど同時代人であるバーバラ・ヘップワースも例外ではない。彼女の心にくいほどたくみな量と型態との処理は、ムアの拒否した「和解」を、あえて行なうことによって成立していると思われる。自然の型態、外界の事物、 そして、 自分自身との和解のうちに、そのリズムが生れているようだ。
もう一年代若いバトラー、チャドウィック、アーミテージ、アダムス、メドースたちは、それぞれ独立しながら、それでも、いまのところ、ムアのし残した部分を追求している印象をうける。たとえば、チャドウィックは1955年ごろから、最近のような堅固なフォルムをつくるようになっている。ある作品は方形にもとずき、ある作品は三角形をもとにして構成する。それは切っても切っても三角形なら三角形に、方形なら方形になるというような、一種とりつかれたような感じをうける。それに出っぱった突起物が生えているかのようで、それが人体の足や手や首に見えたりする。マチエールは部分がたがいにせめあって、全体として鉱物的な強さがある。
アーミテージもちょっと見ると、チャドウィックとよく似ているが、自然の物体のひろがりや外部への動きが強調されていて、マチエールからすると、チャドウィックとは対照的に植物的である。部分がたがいに助けあうやさしみがあり、有機物の自然発生のようなニュアンスがある。そして・・・・・・
いずれにせよ、そうしたものはムアの作品に潜在している部分にちがいない。
さらにもう一年代若いダルウッドやパオロッチの作品には、第2章から第3章に移る契機がひそんでいる。「可能性の現実の追求」ということでは、パオロッチがもっとも適しているかもしれない。60年代に入ってからの最近作は今度は出品されていないが、大きく変様し、大坦な構築性がめだってきている。ぼくはそれから逆算するせいか、今度の作品にもその萌芽の方が目についてしまう。「可能性の現実」を求める以上、なしうるかぎり堅固な構築性が必要条件になるのは当然であろう。
こういうロマンのない構築性と主知主義については、かつてトーマス・マンがムシルの「特性のない男」について語った言葉がある──「エッセイと叙事的喜劇の中間で、敢然と、しかもすばらしい飛翔をこころみているこの輝やかしい作品は、もはやロマンではない・・・・・・この『主知主義』とは・・・・・・われわれの住む荒涼とした無秩序と無意味とにみちた時代において、詩人としての、生活するために必要な、立派な 詩人としての夢想的努力である。・・・・・・」
イギリス彫刻とは、単に北欧的、南欧的などという相違では区別できぬ重要なものをはらんでいると思われる。